「お前、RFP知らねえな」
「お前、RFP知らねえな」
吉祥寺がリストアップしたのは、ファミリー製薬との取引実績がある大手代理店系制作会社の「D&Hソリューションズ」、企業サイトへのブログ導入に定評のある小規模制作会社「オフィスKEN」、神田がウェブサイト制作者のセミナーで知った中規模制作会社「コムコムファクトリー」、そして銘光社の計4社だった。この4社に対し、吉祥寺は、現在のウェブサイトの総ページ数、目に付く問題点、社内各部署の要望、加えてCMS導入を前提としたリニューアルであることを伝え、見積もりを依頼した。
しかし、数日後に揃った各社の見積もりは、比較のしようのないものだった。見積もり額および見積もりの項目が、あまりにもまちまちだったのである。
見積額は、最も低い銘光社が約600万円で、最も高いD&Hソリューションズが約6,000万円。そこには実に10倍の開きがあった。項目についても、制作費、運用費、作業範囲、CMSのライセンス料金などを細かに記載している見積書もあったが、項目分けがほとんどなされていないものもあった。
しばらく途方に暮れていた吉祥寺は、ふと気づいたように電話に手を伸ばし、中野の内線番号を大急ぎで押した。
「今すぐ聞きたいことがあるんだけど、10分くらい時間とれるか?」
中野の返事を確かめるとすぐ、吉祥寺は席を立って部屋を出た。
15分後には会社を出なければならないという中野と休憩スペースのソファーに並んで座った吉祥寺は、手短に見積書の件を話した。
「比べようがないんだよ。こういう場合って、どう判断すればいいんだろう?」
「お前、どんな依頼の仕方をしたの?」
吉祥寺は、依頼の内容を説明した。
「それじゃあ、さもありなんだな。RFPもつくってないのか?」
RFP――聞いたことのある言葉ではあったが、吉祥寺には具体的な意味はわからなかった。しかし、それが何であるかを率直に聞くことははばかられた。
もごもごと口ごもる吉祥寺を見て、
「あ、お前、RFP知らねえな」
と中野は言った。
「説明してやりたいところだが、時間がないんだ。あとでメールするよ」
そう言うと、中野は早足で休憩スペースを後にした。
「目的」を定義づけるために
1時間ほどたって中野からPCに送られてきたメールには、「まだしばらく外回りが続くから、とりあえずここ見といて↓」という一文とURLだけが記載されていた。そのURLにアクセスすると、「プロジェクトにはRFPが不可欠」と題されたコラムが表示された。吉祥寺は、そのコラムをプリントアウトし、じっくりと目を通した。
コラムの内容は、大要、以下のようなものだった。
RFPとは、「リクエスト・フォー・プロポーザル」の略で、一般に「提案依頼書」と訳されることが多い。ウェブサイトの新規構築やリニューアルなどのプロジェクトを行うに当たって、クライアント企業の側から外部事業者に対して出される書類がRFPで、プロジェクトの概要、目標、作業の範囲、前提条件、技術的な要件が体系立ててまとめてある。いわば「プロジェクトの基本設計書」のようなものである。これを作成することで、クライアントと外部事業者の両者の間で「何をすべきか」を共有できるようになる。
「RFPがなければ、プロジェクトはスタートできません。RFPがすべての始まりなのです」――。コラムにはそう書かれていた。
確かに、「何をすべきか」を明確にしなければ、体裁の揃った比較可能な見積もりが出るはずはない。吉祥寺は、「さもありなん」と言った中野の意図を理解した。しかし、それ以上に彼が注目したのが、「プロジェクトの具体的な目的を定義づけるのも、RFPの重要な役割です」という一文だった。
「目的を定義づける」――。それこそが、今の吉祥寺がやらなければならない仕事ではなかったか。吉祥寺は、コラムにもう一度最初から目を通し、参考文献として挙げられた数冊の書籍のタイトルをメモして席を立った。
「すみません、本屋に行って資料探してきます」
そう言い残して駆け足でオフィスを出て行った吉祥寺の背中を、代々木と神田が心配そうに見送っていた。
次回予告
第5話 新しいパートナーシップ
RFPの重要性に気づいた吉祥寺は、一週間をかけてRFPを作成し、再度見積もりの依頼をかける。見積もりの内容を検討した結果、最終的に残った業者は2社だった。ウェブマネ課のメンバーは、方向性が大きく異なる2社のプレゼンテーションを見て、新しいパートナーをついに決定するのだった。
第5話「新しいパートナーシップ――プロジェクトチーム結成の日」
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