ソーシャルメディアバブルの「悪しき利益」体験から、NPSの探求を通じて原点に回帰するまで/アジャイルメディア・ネットワーク

トップダウンでNPSを採用し、顧客だけでなく社内スタッフの評価にも利用しているという
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アジャイルメディア・ネットワーク株式会社
代表取締役社長
徳力 基彦氏

NPSはスコアがマイナスからプラスの値をとるのがいいですね。5段階評価のアンケートとは精神的にそうとう違うものがあります。

単発のキャンペーンは会社の売上として大きくても、「悪しき利益」になりやすい構造がある。ソーシャルメディアバブル時代の悪しき利益体験をしたからこそ身に染みて感じている部分があります。

企業のソーシャルメディア活用を支援するアジャイルメディア・ネットワーク(以下、AMN)は、「読者・企業・ブロガー全員に意味のあるサービス」を目指して2007年に設立された。現在は、クチコミしてくれるファンを「アンバサダー」と定義し、アンバサダーを重視したソーシャルメディア活用やリレーション構築支援、キャンペーン施策の企画・提案などのサービスを提供している。

同社にとって、クライアントである大手企業はもちろんのこと、ブロガーやソーシャルメディアユーザーなどの情報発信者も重要なステークホルダー(利害関係者)となる。また社員数33名のベンチャー企業(2012年11月末時点)として、従業員1人ひとりとの関係性もきわめて重要だ。

上記ステークホルダーとの関係性を深化させるべく、AMNでは経営陣が主体となり、顧客ロイヤルティを計測する指標「Net Promoter Score(NPS)」を用いた調査を推進。その過程で自社の課題が浮き彫りとなり、原点への回帰を図るきっかけになったという。自ら先頭に立ってNPSの導入を進めているという、アジャイルメディア・ネットワーク 代表取締役の徳力基彦氏に話をうかがった。

※本インタビューは2012年11月末に実施されています。

※NPSの概要については、第1回記事「その顧客満足度調査はホントに役に立っているのか? 真の顧客志向を目指す『NPS』という指標」を参照。

聞き手:河田顕治

AMNの徳力基彦氏(右)と、聞き手の河田顕治氏(左)

ソーシャルメディアの効果測定に期待

――AMNでは、徳力さんが主体となってNPSを導入されていると伺いましたが、そもそもNPSを知ったきっかけは何だったのでしょうか。

●徳力 明確に意識したのは2011年の6月ですね。とあるイベントでパネルディスカッションのコーディネートを担当したのですが、ソーシャルメディアの効果測定について議論するなかで、パネリストの方が「うちはNPSで測っています」とおっしゃっていた。そこで興味を持ったのが最初のきっかけですね。

このときに「そうか、ソーシャルメディアの効果測定にNPSを使うという方法があるんだな」と思った記憶があります。だから、どちらかというと当社自身のために使うというより、「クライアントである企業のソーシャルメディア効果測定のために使う」という文脈で先に認識しています。

NPSという指標自体を初めて目にしたのは別のビジネス書だったと思いますが、その時は「11段階で聞いて、なにか変わるのかな」ぐらいの感想でした。私はあまりアンケートを信じない人間なので、そのときは全然アンテナに引っかかってこなかったんですが、パネルディスカッションの「全部NPSでやっています」という話が印象的で、興味を持って調べ始めたという感じですね。

NPSの基本的な考え方では、10と9を推奨者(プロモーター)、8と7を中立者(ニュートラル)、6以下を批判者(デトラクター)とし、NPSの数値は-100から+100までの値を取りうる

日本のソーシャルメディア活用は基本的にリーチを求めているケースが多く、いつの間にかファン数やエンゲージメント率のような枝葉末節を見るようになっています。そういった効果測定方法に対して問題意識を持っているときだったので、パネリストの話を興味深く感じたのだと思います。

その後、NPSの提唱者であるフレッド・ライクヘルド氏の著書『究極の質問』をしっかりと読み込んだ結果、「NPSはBtoB企業にも向いているのでは」と思うようになり、スタッフともいろいろ議論をして、自社に関して本格的に使うことを決めたのが実は2012年からです。

企業のソーシャルメディア活用を支援

――NPSの事例について伺う前に、AMNのビジネスやステークホルダーとの関係性について、あらためて説明いただけますか。

●徳力 AMNは、企業のソーシャルメディア活用を支援しているBtoBの会社です。「マーケティング支援会社」という言い方もできますね。もともと私を含めブロガーを中心に作られた会社で、ブロガーやソーシャルメディアユーザーと企業が一緒になってマーケティングを盛り上がってやれるといいな、といったことを理念にしている会社です。

ビジネスとしてお金をいただくお客さまは企業なのですが、ブロガーや企画に参加していただく方々もお客さまであり、ちょっと変わった会社だと思います。

通常のマーケティング支援会社はおそらく、企業の先にいる消費者へどうアプローチするか、その企業の後ろに立ってアドバイスすると思いますが、われわれの場合は、企業とブロガーないしソーシャルメディアユーザーとの間でマッチングするという立ち位置ですね。

――ブロガーの先には一般のインターネットユーザーがいるわけですが、AMNと直接の接点を持つという意味では、クライアントたる企業との関係性、そしてブロガーとの関係性が重要ということになりますね。

●徳力 そうですね。後者は最近では広い意味でのブロガーでしょうか。たとえば、TwitterユーザーやYouTubeビデオブロガー、Facebookユーザーなど。

もともとアジャイルメディアは「俊敏なメディア」という意味で、ブログなどの新しいインターネットならではのメディアを指します。つまり、われわれにとってはソーシャルメディアユーザーの方々も情報発信をしてくれるメディアであり、ステークホルダーであるととらえています。

――広義で情報発信される方というところが、大きなステークホルダーであるということですね。ちなみに現在のクライアント数やネットワークしている情報発信者はどのくらいになるのでしょうか。

●徳力 クライアント企業数はトータルでいくと300~400社前後かと思いますが、2割ぐらいの大手企業のお仕事が売上の中心です。

情報発信者側としては、まず「パートナーブロガー」と呼んでいるブロガーの方々がだいたい100人前後。またイベントなどの企画に参加していただく方々については、「Fans:Fans」という会員システムで1万5千人ほどの方に登録いただいています。これはブロガーではなくて、企業との何かしらの企画に参加したいと思って会員登録されている方々ですね。このなかでも積極的に参加していただいている方は、2割ぐらいだと思います。

われわれは今、企業の製品やブランドについて積極的にクチコミをしてくれるファンの方々をアンバサダーと呼び始めています。「だれでもいいから書いてもらおう」というアプローチではなくて、本当にその製品を好きな人、もしくは好きになってくれる人と企業をマッチングし、関係を作っていくほうに注力したいと思っていて、そのなかで、パートナーの人たちは象徴的な存在というイメージでしょうか。

――以前はパートナーに対して広告を配信するビジネスも手がけていたかと思いますが、そちらは継続されていますか。

●徳力 今はほぼ停止していますね。余談になりますが、当社はもともと、ペイパーポストと呼ばれる「ブロガーに100円払って記事を書かせる」的なものに対するアンチテーゼとしてスタートしています。やらせ記事を書かせるのではなく、ブロガーの方々に正当なリターンを返すべきじゃないかと考えてアドネットワークからスタートしました。

ですが5年間やってきて、実はブロガーにとって広告(による収入)はそこまで重要ではなく、製品をいち早く使えるとか、そういう機会のほうが大事だということが見えてきましたので、今はマッチングに注力しています。

NPSは継続した関係性の構築に重要

――AMNの顧客にはクライアントである企業と、イベントに参加するユーザーがいます。まずはだれを対象にNPSを調査されたのですか。

●徳力 2012年6月にクライアント企業に向けて調査を行いました。次にスタッフ(従業員)向けを7月に行い、ブロガーや企画の参加者向けの調査は9月からやっています。

――頻度ないしタイミングはどうしていますか。

●徳力 企業向けは3か月に1回、その四半期にお取り引きをいただいた方向けに送るようにしています。2回目を9月にお送りしていて、12月に3回目をお送りする予定です。多いかな、とも思いますが、悪いところは早めに知りたいということもあって、四半期ごとでやることにしています。

――関係性を聞くリレーショナルなNPSの取り方ですが、3か月に1回ということで、頻度は高めの印象です。

●徳力 そうですね。同様にスタッフ向けも3か月に1回です。3か月ごとに行う社内キックオフの前にアンケートとして取っています。

――ユーザーの実施頻度はどうでしょうか。

●徳力 ユーザー側は1か月に1回、その月の企画に参加した人たちに「AMNの企画への参加をほかの人に勧めたいと思いますか?」といった感じで聞いています。

――すでに継続して調査を行っていますが、自社でNPSを導入しようと思った理由や背景はどこにあったのですか。

●徳力 2011年、ソーシャルメディア界隈はバブルだったと私はとらえています。スタッフの人数やお客さんの数も増え、忙しくなってくると、私が直接お会いできているお客さんがだんだん減ってきていました。コミュニケーションが薄くなってしまったことを、2012年に入って課題としてとらえるようになっていたのです。

以前はすべてのお客さんのところへ直接訪問していたため、お会いすれば満足していただいているかどうかは想像できました。現在は、スタッフが増えたこともあり、私が直接お会いしたことのないお客さんが増えてきている状態で、満足しているのかどうか、直接はわからなくなってきています。

お客さんとのコミュニケーションが薄くなり、
本当に満足しているのか、直接わからなくなっていました

スタッフも同様で、社員数が20人を超えたあたりから、1人ひとりと密にコミュニケーションを取るのがかなり厳しくなってきました。最近はその反省から、今年後半になってから毎週金曜日4人ずつ30分話を聞くというように、全社員との個人面談を定期的に行っています。

ただ、そういう活動によってスタッフの満足度がどう変化したのかは数値化しないと比較できませんし、お客さん(企業)との関係性も定量化するべきだと『究極の質問』を読んで強く思うようになりました。

批判者を意識したアンケート調査の設計

――NPSを導入する前にも、企業へのアンケート調査などは行っていたのでしょうか。

●徳力 NPSを知る以前に、アンケートを取ろうとしたことはありました。2010年くらいでしょうか。ただ、そのときはいろいろ問題がありました。

メールを営業から送るにしても、代理店さん経由のお仕事だと代理店に送るのか企業担当者に直接送るのかという議論が起こります。また、当時はそもそも取引の社数も少なく、アンケートの回答率が低かったため、「あまり意味がないのではないか」という結論に至りました。

代理店経由の単発のお仕事だと、そもそも企業の担当者さんは(AMNの存在を)意識していなかったりしますので、アンケートを取るほどでもないという状況でもありました。代理店の提案メニューに入っているだけで、特に印象に残ってなかったりするので、アンケートにも回答できないんですよね。

2012年に入ってからはお客さんに方針などを直接アドバイスすることが増えていて、アンケートを取る意味がぐっと上がってきているように思います。継続的にフィーをいただく案件も増えてきており、継続して関係を続けるためにはこういう施策が重要だと、あらためて『究極の質問』を読みながら感じました。

お客さん向けのアンケート画面はこんな感じです。 推奨度を選択していただき、コメントしてもらうというシンプルな構成になっています。

AMNで実施しているNPSを用いたアンケートの一例

――コメント欄は、推奨意向の理由を聞く形ではないんですね。

●徳力 ご指摘やご要望などを自由に記入いただけるようにしており、かつ回答率を上げるため必須にはしていません。それでも、特に低い点数ほどその理由を書いていただける方が多いため、現状のものでいいと思っています。

――推奨意向の低い「批判者」をより意識しているということですね。0から10までの並べ方も、0を上に置いて縦に並べていますが、この提示方法だとスコアが低く出やすいのでは。

●徳力 実名での記入だと高めにスコアを付けがちだという感触があったため、低く出るようにしたいと思い、あえてこうしています。実は、スタッフ向けの調査は匿名でやっていて、こちらはそうとうに手厳しいんですよ。とんでもないマイナスになっている(笑)

――(笑)。

●徳力 ところがスタッフ向けも、実名で取ると高くなってしまいます。当たり前ですけれども、「社長の視線が気になる」みたいな感覚があるみたいで。

ただ、お客さんの調査を匿名でやるのは意味がありませんよね。とはいえ、実名だとたぶん気を遣って、ちょっと高めに付けていただく方が多そうな気がしていますので、できるだけ低くから付けていってほしいと思い、0から並べています。

――推奨者/中立者/批判者の区分では、どこに相当する方が多いですか。

スタッフとお客さんではスコアが別の会社じゃないかというくらい違う(笑)。相手との関係性で変わりますね

●徳力 今のところバランスとしてはいい感じで、トータルのスコアは幸いプラスになっています。匿名で取っているスタッフ向けの結果と比べると、もうまったく違う会社なんじゃないかと思うぐらい(笑)。

NPSはスコアが、マイナス100からプラス100までというのもいいですね。5段階評価の平均で3.5と4.1だと違いはあまり大きくないように感じますが、トータルのスコアがマイナスなのかプラスなのかは精神的にそうとう違うものがあると思います。

一方で、ユーザー向けの調査結果は、実はすごいプラスになるんです。イベントなどの参加には選考システムをとっていてIDが特定できるので、「批判すると選ばれなくなるのでは」と感じてしまっている可能性があります。単純に満足度が高いという意味ではよいのですが、おそらくバイアスがかかっているだろうと思います。やっぱり、実名か匿名かも含め、相手との関係性によってスコアは如実に変わりますね

  • 顧客ごとのNPSを担当スタッフへとフィードバック
  • 悪しき利益に振り回されないための決断
  • 企業メッセージを統一し、原点回帰へ
  • 関係性の深さが経営に貢献することを証明していく

顧客ごとのNPSを担当スタッフへとフィードバック

――たとえば、推奨度の低い方に共通する要素を抽出し、それに対して改善施策を講じたりもされていますか。

●徳力 クライアントについては対象件数もそう多くはありませんので、推奨度の低い方にはできるだけ私から連絡するようにしています。お詫びのメールとか、場合によっては私が同行して打ち合わせにいくこともあります。今のところはメールでお詫びしつつ、営業担当からヒアリングし、「それなら信じて様子を見るか」となるケースが多いですね。

――NPSをもとに個別に対応しているんですね。そういう行動によって、たとえば、次回の発注にきちんとつながるようになりそうですか。

●徳力 9月に2回目の調査を行ったのですが、7~9月に初めてお取り引きがあった方と、4~6月から継続してお取り引きいただいている方では、後者のほうが明らかに推奨意向は高くなりました

やはり初回の評価はばらつきがあって、推奨度の低い人はリピートにつながらない可能性が高いはずなので、そこをウォッチしていけば焼き畑農業的な活動からは、脱却できそうな感覚はありますね。

推奨度が低ければリピートはしない。
NPSの改善が焼畑農業からの脱却につながる

われわれの業界でNPSが低い場合にあり得るのは、ソーシャルメディアに対する過度な期待感があります。「ソーシャルメディアで自社の課題を解決できると思って頼んだのに、そうでもなかった」というケースです。

その場合、最初のセールストークが悪かったのか、期待値のコントロールができていないのか、実際に実施するプロセスが悪かったなどの分析を行います。そのうえで、間に合うかどうかは別にして、そのお客さんにもリピートしていただけるよう努力し、以後、営業担当が同じ誤りをしないよう方向を修正していける気はしています。

――社内の担当者には、調査した結果をどのように伝えていますか。

今、社内では営業の顧客リストの担当者名と企業名の横に、最新の推奨意向の数値を入れています。だから、ある営業担当者は7以上ばかり並んでいるけれど、ある担当者は9もあれば3もある、といった感じで見えてきます。むらっ気がある営業と、ある程度安定している営業を分析していくといろいろわかりそうだし、営業担当にとっても、自分が良いのか悪いのか、ほかの人と比べてどうなのかが自覚できる可能性があると思います。

当社の業態だと、短期キャンペーンでいきなり売上がドンと上がる営業担当と、継続したお客様との売上を積み上げていく営業担当など、性格的にずいぶん異なるタイプが存在しますが、どうしても短期の売上のほうが注目されやすいんですよね。

ただ、大きい案件をいただいても継続してもらえないというのは、実はAMNに対してだけでなく、ソーシャルメディア活用に対する批判者を日本中に増やしてしまっているおそれがあります。NPSを手がかりにすれば、そのあたりの分析を立体的にやれそうだという手応えはあります。

――現時点では担当者別にNPSを計測して、それをフィードバックするところですね。

●徳力 はい、そこに留めていますが、2013年からはチームの評価に反映していくつもりだと予告してあります。売上金額に推奨意向をかけ算するという、「NPS×セールスポイント」みたいなものを算出しようと(笑)。売上げ以外でも、チームの成績を比べられるとおもしろいかなと、真剣に考え始めたところですね。

ちなみに『究極の質問』で出てくる「悪しき利益」という視点、あれはすばらしいと考えています。

※不満を抱える顧客から得た利益は「悪しき利益」であり、そうした利益は顧客との関係性を犠牲にし、批判者をつくりだすとされている。NPSを分析することで、企業の利益が「良き利益、悪しき利益」のどちらかが見えてくる。

悪しき利益に振り回されないための決断

――悪しき利益という視点は、すばらしいですよね。

●徳力 当社も、やはりソーシャルメディアバブルの最中は悪しき利益に振り回されてしまったかな、と感じているんです。バブルのさなか、「Twitterキャンペーン、とにかくやりたいです」「Facebook、なんでもいいから考えてください」といった形で売上が立つこともありました。

一方、「そうではなくて、企業の根本的な問題を解決していないとリピートにはつながらない」という話を社内でもずっと議論し続けていますが、売上の数字が達成できれば担当は満足しますし、評価もせざるを得ません。

でも、「今は売上として上がっているけれど、たぶん続かないよね」というものには早めに気づいてもらう必要がありますし、NPSはその手がかりになるように思います。今は私がやっているので3か月に1回という頻度になっていますが、NPSが業績に貢献するのが見えれば、専任スタッフをつけて計測頻度を上げるなど、考えたいところです。

――短期キャンペーンをドカンと取ってくる。そうした営業担当に注目が行きがちだというのはまさにおっしゃるとおりで、でもそれは「悪しき利益」の可能性がないわけではないと。

●徳力 われわれはソーシャルメディア活用のアドバイザーにならなければいけないのですが、実はキャンペーンというものはソーシャルメディアと相反する要素が多々あるわけです。ソーシャルメディアを使った、企業の日々のコミュニケーションを最適化するためのアドバイスが求められるなかで、単発で大きなキャンペーン案件をいただくというのは、会社としての評価も上がりビジネス上はもちろんすごく大事だと思っていますが、AMNが本来目指している日々のコミュニケーションの強化とは目的が異なるケースが多々あります。

大きなキャンペーン売上は会社として大事ですが、
本来の活動目的からすると「悪しき利益」かもしれない

ただ、だからといってそういうキャンペーンの仕事をいっさい取らないというのもおかしいので、このあたりの感覚をスタッフに肌身でわかってもらうためのインセンティブの設計をNPSとの組み合わせで実現できるといいなと。これは2013年のどこかのタイミングで制度として出したいと考えています。

われわれは、「何かおもしろそうなことをやってくれそうだから頼む」というクリエイティブエージェンシー的な会社ではなく、「ソーシャルメディア関連のファンコミュニケーションの話は、まずはアジャイルメディアに相談しよう」というポジションの会社になる必要があります。実際、何社かのお客さんに「もっと伴走型になってほしい」といったリクエストはいただいています。

――一緒に走ってくれる企業ということですね。

●徳力 私はよく「コンサルフィーはいただきません、実践に対するお金をください」という話をしています。コンサルティングで終わらずに、ちゃんと実際に何かの施策を行った際の活動費をいただく、PR代理店のような業態をイメージしています。

やっぱり、小さな金額でもいいので、毎月のフィーをもらっていると、担当者にとって自分のお客さんだというのが明確になると思います。「ブロガーイベントをやりました。来年の新製品のときにまたやりましょうね」では、いったん自分のお客さんじゃなくなってしまい、その企業のオンライン上の評判とか活動から目を離すと、次に提案するときには製品やブランドに対する知識や意識のレベルがゼロに戻ってしまうわけです。そうではなく、たとえば、毎月レポートのお手伝いしていれば、常に企業の目線でウォッチを続けることになり、その過程でヒントが絶対に見つかるはずです。

ソーシャルメディアにおいては、「こうやってやるべきです」ではなく「こうやって、一緒にやりましょう」。やってみて「こうでしたね。じゃあ、次はこうしましょう」までやらないと駄目だと考えています。そういう意味で、単発のキャンペーンの売上は会社にとって大きいものの、AMNとして本来注力するべきことから比較すると、悪しき利益になりやすい構造があると『究極の質問』を読みながら実感しました。

また、当社では企業が実施するイベントの告知だけを会員向けのメールマガジンでお手伝いする場合もあるのですが、「ユーザーにとって楽しくないイベントの告知のビジネスを続けていると、本業にダメージがあるかもしれない」といったことも検証したいと考えています。

――告知だけだと手間がかからず、ビジネスとしては効率がいいんですよね。

●徳力 ビジネスとしては儲かるわけですが、ただそれによって参加者が「AMNから告知されるのは面白いイベントだと思って参加したのに、なんだよ……」みたいになると、実はわれわれにとっては深刻な事態になってしまいます。こういうイベントに参加して記事を書いてくれる人って日本にたくさんいないので(笑)。そういう人たちからの信頼を失っては駄目だと、スタッフにも口うるさく言っています。

今まで、「クレームがあったから、これはやらないほうがよかったんじゃないの」という議論をしても、「そうはいっても儲かっているんだからいいんじゃないですか」で終わることもありましたが、推奨意向などを検証することで「それは違うよね、会社にダメージになっているよね」と言えるはずです。

――すでに悪しき利益で儲かってしまっていて、仮にですがその会社が上場していたりすると、おそらく「利益を落としてでもちゃんとした関係性に戻します」という決断は許容されにくいだろうと思います。

●徳力 そうかもしれませんね。現実問題としては、当社も以前は単発のキャンペーンからの売上がそれなりにありましたが、本来やるべき中長期のアドバイスやコンサルティング、継続型のキャンペーン施策へリソースを振り分けた結果、単発のキャンペーン部分はかなり売上の割合としても減りました。売上や利益に関することは、理解が得られる環境でないと大変だと思います(笑)。トップダウンである程度の方向性を決めてからやらないと危ない気はします。

企業メッセージを統一し、原点回帰へ

――NPSを取り入れてみて、他にも感じたことはありますか。

今はアカウント運用支援という形になっていますけど、ソーシャルメディア上での話題をいかに増やすかとか、われわれがアンバサダーと呼ぶ方たちをいかに増やしたり、その人たちにいかに話題にしてもらうか、四六時中とは言わないまでも継続して考え続けてないと、たぶんわれわれの存在意義はないと思うんですよね。会社の遺伝子を統一する意味でも、NPSはわれわれにとって非常に相性が良さそうだと思っています。

もともとそっちの遺伝子だったはずなのですが、やっぱりソーシャルメディアブームの過程で、言っていることと実態が乖離してしまった面もあったのだと思います。「われわれは企業と利用者をつなぎます」と言っていましたが、Twitterキャンペーンや、Facebookキャンペーンを手がける過程で、総合広告代理店のまねごとを小さい規模でやるみたいな感じになってしまった面もありました。でも、そもそもはそういう会社を作りたかったわけではないんです。

リニューアル後は「アンバサダー」がメッセージの核に
http://agilemedia.jp/

2012年6月に行ったNPSの調査結果を受けてお客さんへ伺うなかで、バブルで調子に乗っている間に、社外から見た企業イメージが変わってしまっていたことに気づきました。当社がやろうと思っていることは、お客さんにきちんと伝わっていないという感触を受けました。

今はもう1回、「われわれはこういう会社で、得意なことはこういうことで、こういうことをやりたいと考えています」とお伝えしようとしているところです。企業メッセージもちゃんと統一して、サイトもリニューアルしようという動きが、NPSのアンケートをきっかけに始まったりもしています(※2013年1月にリニューアルされている)。

――企業メッセージというのは具体的には。

●徳力 私たちがやるべきことは、ソーシャルメディアユーザー、私たちが言うところのアンバサダーがいかに企業と一緒に盛り上がってくれるかを、それぞれの企業に合わせて考えることだと思っています。

――そういう意味では、原点に回帰するきっかけになっているんですね。

●徳力 原点回帰ですね。

また一方、お客さんへのインタビューを通じて、われわれに求められているのがより深いレベルのアドバイス、より上流工程の視点でのアドバイスになってきているという手応えがありました。このため「アンバサダープログラム」という名称で、中長期で継続的に企業の支援やアドバイスをするチームを発足させましたが、ここが今、全社的な業務のプロセスを見直す活動の中心になりつつあって、そういう意味では1回目のNPS調査はかなりいろんなもののきっかけになっています。

――クライアントである企業に対するNPSの提案状況はいかがでしょうか。

●徳力 最近は自社だけではなく、継続的にお手伝いしているお客さんに対してもNPSによる計測を提案し始めています。2013年は、お客さんと一緒に取るアンケートは、特に何か言われない限り全部この11段階にしていくつもりです。

NPSを用いることで、たとえば批判していた人たちがポジティブに変わったかどうか、どうすればポジティブに変わるのか、ほめている人たちは何を軸にほめてくれているのか、そういうのが見えてくる。それをうまく使えば、キャンペーンのネタに使える可能性があると感じています。

NPSで一番大事なのは、やっぱりこの3分類した、特に上と下(推奨者と批判者)を見るところだと思いますね。分類と分析をして、なぜなのか聞いていくところです。

――推奨者を増やし批判者を減らす。その結果としてNPSが上がるということですね。

「勧めたいか」というNPSの質問は絶妙ですね。その人のホンネが見えてきます

●徳力 また、「勧めたいか」という聞き方がなかなか絶妙だなと思っています。当社でも6月に最初に聞いたときに「私は満足していますが、おそらく他の部署に理解してもらえるかというと難しいと思うので……」といった感じで、ヒントを書いていただいたケースがありました。

「今回の施策はどうでしたか」と聞いてしまうと、「まあ、満足」みたいな感じで返ってくることが多いと思います。これが「勧めますか」だと「自分たちは実験だからちょっとやってみているけれど、他の部署に紹介できるまでじゃないよ」っていうホンネが出てきたりします。なんのことはない質問ですが、これを考えた人はすごいなと思っています。

関係性の深さが経営に貢献することを証明していく

――徳力さんの場合は、経営者としてトップダウンでNPSを導入していますが、他の企業も今後NPSを入れていくべきだと思われますか。

●徳力 いわゆるマスマーケティングで十分だ、たくさん売れさえすればいいというビジネスであれば、苦労してNPSを導入しなくてもよいと思います。一方で、顧客との関係性において、その深さを測ろうと思うのであれば導入するメリットはあるでしょう。おそらく、BtoBの企業やサービス系の企業などは向いている気がします。

すでになんらかのアンケートをとっているのであれば、その質問を変えてみる。あとはエクセルでできるレベルの計算ですからやってみるのがいいと思います。

――AMNは立ち上げの時から「健全なクチコミ」を掲げていたので、顧客志向のNPSとは思想的なところで相性がよさそうだと感じていました。

●徳力 そうですね。ただ、3~4年前はどちらかというと理想論で語っていたと思います。だからバブルが来たときに、そちらのほうが楽だというので引っぱられた感じはありますからね。今はある意味、悪しき利益体験をしたからこそ身に染みて感じている部分があります。

――最後に今後の展望をお聞かせください。

●徳力 今はほぼ私1人で実験的にやっている状態ですが、これをさっきの遺伝子の話のように、会社のカルチャーとシンクロするものにしていこうと思ったら、組織のフローのなかに入れていくべきです。

今は3か月ごとに私が個別でメールを送っていますが、たぶん本当は案件が終わってしばらくしたタイミングが適切でしょう。向こうが怒ってるなら怒っているタイミング、喜んでいるなら喜んでいるタイミングで、早めに聞かないといけないはずです。

将来的には「案件が完了しました。レポートも済みました。NPSを取ります」という形で全体のフローに入れていきたいと考えています。スタッフ1人ひとりの意識を「お客さんがどう思っているかを確認しない限り仕事は終わっていない」というふうに変えなくてならないですから、けっこう大変だろうとは思います。

2013年中には終わらないと思いますが、3か月サイクルをたとえば1か月に変えていきながら、いつかはビービットの遠藤さん(第1回インタビュー参照)のように、日本でNPSをこういうふうに使うべきだと啓発する側に回れるといいな、とも思います。やっぱり、ソーシャルメディアを推進する側としては、NPSはすごいヒントだと思っていますので。

ソーシャルメディアの世界ではエンゲージメントという言葉がよく使われていますけれども、それを測る方法はいわゆるエンゲージメント率ではないと思っています。私たちは、お客さんにフォーカスしているNPSのような測定手法によって関係性の深さを測り、ソーシャルメディア上でのコミュニケーションやエンゲージメントがきちんと売上げにつながることを証明しなくてはいけないプレーヤーなので、うまく日本企業に合うやり方を見つけたいと考えています。

◇◇◇

2010年代に入ってマーケティング関係の話題がソーシャルメディア一色になるなか、最前線で活躍していた徳力さんがその裏でこのような悩みを抱えていたことは、時おりカンファレンス等で顔を合わせていた筆者にとっても意外だった。そして、NPSを用いつつステークホルダーとの適正な関係性を模索し、原点に戻る決断を下したことは、誰にでも簡単にできることではないと思う。同世代としても、非常に感銘を受けたインタビューだった。

この記事の筆者

河田 顕治(かわだ けんじ)

1973年、滋賀県生まれ。大阪大学人間科学部卒業。写真業界誌の編集記者、海外ビジネス系通信社のWebサイト企画・運営を経て、2003年1月より検索エンジンマーケティング(SEM)に携わり、その有効性について広く訴求・啓発につとめる。

2006年9月、広報/マーケティング担当としてオーバーチュア株式会社へ入社。2008年4月にヤフー株式会社へ転籍し、インターネット広告(リスティング広告/ディスプレイ広告)のマーケティングを担当。2012年6月末をもって退職。

Web担当者Forumでは主に、顧客ロイヤルティを計測する経営指標「NPS(Net Promoter Score)」に関する連載を担当。個人ブログは「kuroyagi blog」「SEM酒場」。

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