プロジェクトのスタート――プロジェクトの裏に見え隠れする国分寺の思惑/【小説】CMS導入奮闘記#7

プロジェクトがスタートするも、クライアントの作業量の多さに驚く吉祥寺と国分寺の間には微妙な温度差が生じていた
[Sponsored]

前回までのあらすじ 結成されたプロジェクトチーム最初の課題は、導入するCMSの選定だった。吉祥寺と国分寺が衝突するものの、秋葉原の仲介によって導入するCMSが決定したのだった。(→第6話を読み返す

ついにファミリー製薬のウェブサイトリニューアルプロジェクトがスタートした。ひと段落ついたと、心を休めようとする吉祥寺だったが、クライアント側の作業量の多さに疲れをあらわにする。チーム内の温度差を感じた国分寺は、早急に手を打つ必要があることを、過去の経験から知っていた。

「プロジェクト」とは何か?

「あんまり無理するなよ」

コムコムファクトリー社長の立川達彦は、PCのモニタには張り付いている国分寺遙と四ツ谷純一に声をかけて、オフィスを出て行った。もうそろそろ9時を回ろうとしていたが、国分寺にも四ツ谷にもやらなければならないことは山のようにあった。

「今が一番大切な時期。ここでチームをうまくまとめないと、このプロジェクトは成功しない」――。国分寺は、自分にそう言い聞かせながら、ファミリー製薬の競合サイトの分析を続けていた。

このプロジェクトのキックオフミーティングが行われたのは、1週間前のことだった。プロジェクトメンバーのほか、クライアント側からはウェブマネ課の代々木課長と情シスの秋葉原、制作側からは立川が出席して行われたこのミーティングは、合計3時間に及んだ。

ミーティングは、吉祥寺がつくったRFPをもとに国分寺が作成してきたプロジェクト管理計画書に沿って進められた。ミーティングの冒頭、国分寺は、このCMS導入とウェブサイトリニューアルの作業が「プロジェクト」であることを何度も強調した。

「プロジェクトだということは、それをマネジメントすることが必要であり、チームのメンバーすべてに重要な役割があるということでもあります」

国分寺が述べたのは、こういうことだった。過去のCMS導入では、予算を決め、導入するCMSを決定した時点でやるべき仕事は終わりと考えるクライアントが多かった。しかし、クライアント側の担当者もプロジェクトチームの一員であり、担わなければならない作業がたくさんある。もしクライアント側に、実作業を制作側に丸投げしたいという意識が多少でもあれば、そのプロジェクトは十中八九破綻する。もちろん、プロジェクトをしっかり管理し、ゴールに導くのは制作会社の責任だが、制作会社だけで進められる作業は、実はあまりにも少ない――。

ミーティングに出席したメンバーは、プロジェクトマネジメントに関する多少の知識をもつ秋葉原を除けば、そういった考え方に接するのは初めてだった。吉祥寺は、その国分寺の説明にいくらか面食らった。彼は、国分寺が言うように「制作会社に丸投げ」しようとはむろん思っていなかったし、自分にもやらなければならないことがあることは知っていた。しかし、実務のほとんどは制作会社側スタッフが担うと当然のように考えていたのも確かだった。

本来、景気づけの意味もあるキックオフミーティングだったが、ファミリー製薬とコムコムファクトリーの両スタッフの間に微妙な温度差が生じたことを、その場にいたすべてのメンバーが感じた。

ミーティングでは、「スコープ」「マイルストーン」「クリティカルパス」といったプロジェクトに関する専門用語の説明が国分寺からなされ、その後、リニューアルサイトを3カ月後にオープンすることが正式に決定した。

会合は表向き穏やかな雰囲気のうちに終了したが、国分寺は、このミーティングで生じた温度差を早いうちに何とかしなければならないとすぐに考えた。プロジェクトの実作業がスタートするこの時期に、チーム全体のモチベーションや意識がある程度一致しないと、それ以降の作業がスムーズに進まないことを体験的に知っていたからである。

国分寺の裏の狙い

国分寺は、1つ大きな伸びをしてから、机の上の小さなアナログ時計の針が9時半になろうとしているのを確認し

「四ツ谷君、どんな感じ?」

と、パーテーションの向こうで作業をしているアシスタントに声をかけた。四ツ谷が現在行っているのは、2日後のミーティングで提出するワイヤーフレームの作成だった。ワイヤーフレームとは、サイトの構造を示した設計図のようなもので、これをベースにして、どのページにどういった情報を入れ込んでいくかを決めるのである。

国分寺は、実はこのプロジェクトに「四ツ谷の成長」といういわば裏の目標を密かに設定していた。四ツ谷は、技術的にも知識の面でも極めて優秀な男だったが、まだ20代ということもあって、クライアントのニーズやコミュニケーションの本質を洞察する力に欠けていた。コムコムファクトリーは制作会社だが、単にウェブサイトをつくるだけではなく、クライアントの課題を解決し、ビジネスを成功に導くコンサルタント的な機能をもたなければならない。それが社長である立川の持論であり、国分寺もその意見に深く賛同していた。

しかし、その機能を十分に発揮するには、残念ながら人材が足りなかった。ウェブに関する専門的な知識や技術をもち、同時にマーケティングやコミュニケーションに関する鋭敏な感覚を備えたスタッフがどうしても必要だった。このプロジェクトの成功によって、四ツ谷はきっとそんな場所にステップアップしてくれるに違いない。そう国分寺は考えていたのである。

「明日もあるから、そろそろ上がろうか」

何も答えない四ツ谷に、国分寺はパーテーション越しにもう一度声をかけた。しかし、やはり四ツ谷からの返答はなかった。国分寺が四ツ谷のデスクを除くと、彼は椅子の背もたれに体を預け、口を開けて気持ちよさそうに寝息を立てていた。

ジャッジするのはクライアント側
社内を奔走する吉祥寺。忙しさは以前よりも増していた

ジャッジするのはクライアント側

ちょうどその頃、吉祥寺は会社の近くのラーメン屋で、瓶ビールと餃子を注文していた。この1週間の間、10時過ぎまで働いて、ラーメン屋で夕食を食べながら頭をリセットして帰宅するというのがお決まりのパターンになっていた。

導入するCMSが決まり、正式にプロジェクトがスタートしてから、忙しさは以前よりも増していた。彼は正直なところ、クライアント側のスタッフがやるべきことがここまで多いとは思ってもみなかった。

彼がまずやらなければならなかったのは、社内の意見のとりまとめだった。リニューアルに対しての要望を再度ヒアリングし、ページごとの更新頻度をある程度決める必要があった。

また、四ツ谷から出されたコンテンツリストの内容確認に関しても、面倒な社内調整が必要だった。このリストは、秋葉原がつくった5000ページに上るページリストを四ツ谷が精査したもので、これを各部署にチェックしてもらったうえで、リニューアル作業のベースにするという手はずになっていた。しかし、日常業務に追われている社内各部署の担当者に作業させるのは容易なことではなく、期限までにすべてのチェックを済ませることは不可能に思われた。

さらに、CMSに関する社内研修の段取りを立てるのも吉祥寺の仕事だった。社内各部署のウェブ運用担当者にCMSの概要を学んでもらい、情報更新の方法を覚えてもらうことは、CMS運用にあたって必須の手続きだった。

吉祥寺の仕事は、主に2つに大別できた。1つは、プロジェクトチームと社内各部署との間の調整弁となること、もう1つは、新しいサイトの方向性を決定していくということである。

「サイトの内容をジャッジするのは、あくまでも吉祥寺さんですから」

国分寺が言ったそんな言葉が思い起こされた。

「どのコンテンツを残し、どのページを捨てるのか。それについて制作側は一切判断できません。また、残すべきコンテンツのうち、どれにプライオリティをおくかを決めるのもクライアントの仕事です」

国分寺はそう言った。言われてみれば確かにその通りだったが、その「ジャッジ」のために必要な情報をすべて収集し吸収するのは、気の遠くなるような作業に思われた。

彼は餃子に箸を伸ばしながら、頭の中で、ファミリー製薬のウェブサイトをリニューアルすることの意義や、自分に課せられたミッションを反芻した。

「ここでひと踏ん張りしないと、これまでやってきたことが、全部無意味になっちまうよな」

吉祥寺はそう自分に言い聞かせると、残っていた餃子をたいらげ、いつものようにそのラーメン屋名物の「泣辛担々麺」を注文した。涙が出るくらい辛いことからつけられたというそのラーメンを食べて「ひと泣き」すると、不思議と明日への活力が湧くような気がするのだった。

「カプサイシンの効果かな?」

彼はそんなことを呟きながら、汗と涙にまみれてラーメンをすすった。

再びまとまったプロジェクトチーム

数日後、国分寺と四ツ谷は、ワイヤーフレームを携えて、ファミリー製薬を訪れた。ワイヤーフレームを見るのは、吉祥寺にとって初めての経験だった。彼がそれまで見てきたのは、すでにデザインとして完成しているウェブページであり、そのデザインができあがるまでにどのような作業が必要とされるのかについては、考えたこともなかった。

「ワイヤーフレームを見れば、画面上での情報構成やユーザーの動きがわかりますし、サイト全体のユーザー導線がどうなっているかを把握することもできます」

そう説明したのは、自ら30パターンを超えるワイヤーフレームを作成した四ツ谷だった。確かに、ワイヤーフレームをつぶさに見ていくうちに、吉祥寺は、どのような情報をページ内にどう格納すべきかというイメージが具体的に湧いてくるのを感じたし、異なるページ間の情報の流れも見えてくるように思えた。このワイヤーフレームに格納していく情報を精査し、よりスムーズな情報閲覧の流れをつくる。そのために必要なのが社内調整なのだとしたら、自分が今やっている繁雑な作業にも確かに意味があると吉祥寺は感じた。

神田もまたイメージをつかみつつあるようだったが、彼女は現場の担当者らしく、より技術的で、かつ具体的な運用場面を想定した質問を国分寺や四ツ谷に投げかけた。その質問には主に四ツ谷が答え、神田はそれに真剣な表情で耳を傾けた。

吉祥寺は、キックオフミーティングの時に生じていた微妙な温度差が徐々に解消されていくのを感じた。国分寺も同じことを感じているようだった。国分寺はミーティングの途中、吉祥寺の顔を見て軽く微笑んでみせた。その表情で、彼女もまたチームが良い方向に進んでいるのを実感していることが吉祥寺にはわかった。

長時間に及ぶ会議の途中、吉祥寺はトイレに立った。「今日はあと1時間くらいで終わらせたいな」。そんなことを考えながら用を足していると、横から

「プロジェクトは順調に進んでますか? 主任」

という声が聞こえた。トイレに入った時には気づかなかったが、吉祥寺と並んで、秋葉原も用を足していたのである。

いくぶん気まずさを感じながら、吉祥寺は、

「何とか進んでいますが、苦労が絶えません」

と言って、苦笑いした。すると、秋葉原もまた軽く微笑んで

「まあ頑張ってくださいよ。我々の方も環境を整える作業は着々と進めていますから」

と言って、吉祥寺の肩を軽く叩いてトイレを出て行った。

その秋葉原のフランクな態度に吉祥寺は驚いたが、何とか埋めなければならないと考えていた2人の間の溝を、秋葉原の方からほんの少し埋めてくれたことが嬉しくもあった。それは、このプロジェクトの先行きに対する吉兆であるように彼には思えた。

しかし、トイレから出る時、吉祥寺は立ち止まって、ふと考え込んだ。

「そういえば、手を洗っていなかったな、秋葉原さん」

そうひとり呟くと、彼は再び会議室に早足で向かった。

次回予告
第8話 勃発する問題

比較的順調に進んでいたプロジェクトだったが、ある時ひとつの問題が勃発する。発端は営業本部長の日野からのクレームだった。社内有数の実力者の意見を軽んじることはできないと考えた吉祥寺は、チームのメンバーと話し合いながら、解決策を模索する。吉祥寺はこのトラブルを乗り越えることができるのだろうか。

勃発する問題――突然の社内クレーム、召集されるプロジェクトチーム/【小説】CMS導入奮闘記#8
コラム プロジェクト管理の重要性
管理能力は制作会社だけでなく発注側にも必要

コラムプロジェクト管理の重要性

CMS導入プロジェクトにおいて、企業担当者の負荷は小さくない。CMSの選定や業者選定をしている際には、なかなかわからないが、実際に大変なのはプロジェクトがスタートしてからである。

担当者の方におすすめしたいのは、プロジェクトが始まる前に「プロジェクト管理」を少しでも学ぶことだ。プロジェクト管理は、制作側だけに有効なスキルではなく、発注をする側にとっても重要なスキルと考え方だ。

多くの制作会社は独自のプロジェクト管理手法を持っているケースがあるが、それに合わせる必要はない。おすすめするのは、世界標準のプロジェクト管理手法である「PMBOK(ピンボック)」の学習だ。

PMBOKは、米国の非営利団体であるPMI(Project Management Institute)が策定する、「A Guide to the Project Management Body of Knowledge(プロジェクト管理知識体系)」の略。4年に一度改定する書籍にまとめられ、事実上プロジェクト管理の標準として世界中で受け入れられている。

PMBOKでは、プロジェクト管理を「スコープ(作業範囲)」「時間」「コスト」「品質」「人的資源」「コミュニケーション」「リスク」「調達」「統合管理」の9つの知識エリアに分け、それらは「立ち上げ」「計画」「実行」「監視とコントロール」「終結」という5つに分類して管理する。

CMS導入は簡単ではない。RFPによって決定されたスコープ、潤沢な予算とスケジュール、最適なCMSの選定、これらの前提条件が揃っていても経験とプロジェクト能力が足りなければCMS導入は失敗する。制作会社のプロジェクト管理能力が足りなかったとしてもプロジェクトが失敗して困るのは企業担当者も同じだ。プロジェクト管理の能力が制作側、企業側双方にきちんと備わっていれば、CMS導入のプロジェクトは成功にかなり近づくだろう。

PMIはPMBOKに準拠した国際的な認定制度「PMP(Project Management Professional)」を展開しており、日本でもPMP取得者が年々増加している。我こそはと思う方はぜひ勉強をしてみるといいだろう。

参考書籍:『Webプロジェクトマネジメント標準


[Sponsored]
この記事の筆者

原作:株式会社ロフトワーク

ロフトワークはWebサイト構築の豊富な実績を元に、CMSの選定からリニューアルまで、CMS導入をトータルにサポート。また、12,000人のクリエイターとのコラボレーションが可能なクリエイティブのインフラ「loftwork.com」を運営。Web制作、デジタルコンテンツ開発、映像、印刷広告プロモーションなど、幅広いクリエイティブ・ソリューションを提供しています。

コーポレートサイト http://www.loftwork.jp/
1万人のクリエイターポータル http://www.loftwork.com/

制作協力:二階堂 尚

イラスト:オジゾー

アートスクール卒業後、イラスト製作会社、フリーランスを経て、下北沢を拠点に、現在は老舗のクリエーター集団「スタジオビーム」のブレインに。イラストレーションを中心にデザイン、キャラクター、企画、その他、多方面にて活動中。

http://www.geocities.jp/ozizo_rocks_style

テーマ別カテゴリ: 
記事種別: