Web 2.0的ビジネスを支える黄金ルールの「真実」

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Web 2.0的ビジネスを支える黄金ルールの「真実」

ロングテールのホントの話
これを知らないとネットで儲けられない

「Web 2.0」と並ぶネット業界のキーワード「ロングテール」。現実世界では起こりえないネット特有の事象として注目されるこの法則は、『ウェブ進化論』においても重要ビジネスモデルとして紹介されている。しかし、言葉だけが独り歩きして「リアルで売れない商品でもネットに出せば売れる」といった誤解まで生じている。

ロングテールは本当に成り立つのか? そこに落とし穴はないのか? その著書で自らのロングテール論を示した菅谷義博氏の協力のもと、その疑問を解明する。

柏木 恵子
協力:菅谷 義博(旅行情報ドットネット)

「めったに売れないものも売れる」は前提条件があってのこと

パレートの理論をマーケティングに当てはめた「80対20の法則」は、資生堂がこの法則に基づいたブランド再編で経営改善を果たすなど、ビジネス界の常識だ。しかし、インターネットの世界では、少しずつしか売れない商品の売り上げをすべて合計すると無視できない割合になるという新たな理論を打ち出したのが、米『WIRED』誌の編集長だったクリス・アンダーソンである。

現実の店舗では商品棚に物理的な限界があるので、売れる商品にしぼって棚に並べる方がよいに決まっている。しかし、インターネットによるオンラインショップでは、商品棚には限界がないので、めったに売れないものでも商品ラインナップに加えることができ、それらの売り上げが「ちりも積もれば山となる」(図)。これが、クリス・アンダーソンが『ロングテール~「売れない商品」を宝の山に変える新戦略』(早川書房)で著したロングテール戦略だ。

図 この1年で多くの人が目にし、そして描いたであろうロングテールのグラフ。言わんとしていることは理解できるが、現実に「テール部分」の売り上げを80パーセントまで積み上げるのは簡単なことではない。

この内容自体に嘘はない。しかし、それはあくまでも「ある前提をクリアすれば」の話である。

まず、商品棚はバーチャルであっても、ストックのための倉庫はリアルだという点に注意する必要がある。資金力のある大手企業ならば、倉庫の確保は問題にならない。そのため、めったに売れない商品をラインナップに加えても、それが売れたことによる利益がコストを上回る。しかし、小規模の販売店では、在庫ストックのスペース確保にかかるコストとロングテール部分の売り上げのバランスをとるのは難しい。

もちろん、物理在庫が不要なデジタル商品ならば小規模でも可能だ。画像や音楽のデジタルコンテンツならば、ストックのために必要なのはハードディスクだけである。あるいは、自分で在庫を持たないアフィリエイト、ドロップシッピングといった方法を採用すれば、自社の売れ筋商品以外の陳列も可能となる。

ただし、チリを積もらせることが可能になったとはいえ、それは売り上げにとっては“おまけ”のようなものだ。通常は、おまけが主力商品を上回るようなことはない。基本的には、商品の種類を増やすことはリスクにしかならないのである。

「地方の商品が世界で売れる」は世界中の敵を相手にすること

ロングテールによる新たなビジネスチャンスとして、「今まで地元でしか知られていなかったものが、インターネットで世界中に知られるようになり、販路が拡大した」という事例もよく耳にする。「地理的なロングテール」である。実際に、江戸切り子の工房が地域限定の新聞広告からインターネットでのプロモーションへと切り替えたことで、世界中から注文が来るようになったという例もある。

しかし、冷静に考えてみてほしい。ECサイトを始めて世界中に売れるようになったということは、世界中にライバルがいるということでもある。自社の切り子職人が日本一ならば、それは十中八九、世界一の職人である。世界にも敵はいないといえよう。しかし、普通のものを売るとなると、世界中の競合他社との販売競争に勝たなければいけないのだ。

菅谷 義博氏
80対20の法則を覆すロングテールの法則』『続80対20の法則を覆すロングテールの法則』(東洋経済)の著者。2006年11月に、最高ソフトウェア開発責任者を務めていたエンプレックス株式会社から独立し(今後は顧問として参画)、旅行情報ドットネット株式会社を設立した。新会社では、社会貢献を目的とした事業に携わっていくという。
http://ryokojoho.net/

とはいえ、これも打開策はある。世界一はともかく、日本一になるのは絶望的に難しいというわけではない。検索エンジンでトップに表示されれば、それは実質的にナンバーワンだからだ。そのヒントを『80対20の法則を覆すロングテールの法則』(東洋経済)の著者、菅谷義博氏は「敵がいなくなるほど絞り込んだキーワード設定」と言う。

もともと、キーワード広告は比較的コンバージョン率が高い。ある商品やサービスを必要として探している人に対して提示されるからだ。たとえば、突然歯が痛くなったとしよう。歯医者を捜すためにグーグルの画面を開き、自宅に近い歯医者を捜すために、住所と歯医者というキーワードを入れる。そのユーザーが、そこでトップに表示された歯医者に行く確率はかなり高い。つまり、ユーザーがどのような状況で自社の商品を買いたくなるのかを検討し、絞り込んだキーワード設定をすれば、キーワード広告はかなり有力な販売支援ツールになるということだ。

「顧客のロングテール」思考で優良顧客以外にも売れる

「顧客のロングテール」思考で優良顧客以外にも売れる

菅谷氏によれば、クリス・アンダーソンの論は、視点が商品であるところに限界があるという。つまり、何を売るかに主眼を置いているため、売れる頻度の低いものを切り捨てずに売るという発想になる。しかし、本当に必要なのは、商品ではなく「顧客」の視点であり、これによってロングテールが初めて「現実的」な戦略になるというのが菅谷氏の意見だ。

パレートの法則では、「20パーセントの優良顧客が、売り上げの80パーセントを占める」。そのため、優良顧客を増やすことが売り上げ増加に直結するので、優良顧客に対して手厚いサービスをしようということになる。めったに買ってくれない客のところへ行くよりも、いつも買ってくれる客のところへ行くのが、優秀な営業マンだというわけだ。1人の人間にできる仕事量には限界があるのだから、対面でサービスを提供する場合には、これは完全に正しい。

売り上げとバランスをとるべきコストは、この場合は新規顧客獲得および既存顧客フォローにかかるコストである。営業マンが出向いて商品の説明をするより、電話や郵便によるダイレクトマーケティングの方が効率はいいが、電子メールによるダイレクトメールならば、郵便料金よりも格段にコストが安いうえ、労力も少なくて済む。自社のサービスを知っている見込み顧客を得ることについて、ネットをはじめとする情報通信技術は大きく寄与してくれる。

次のステップは「優良顧客を育てる」ということだ。対面型のサービス提供の場合の、新製品が出たら新しい資料を持って説明に行くとか、ある商品を買った人に関連の商品を紹介するといったことである。ECサイトならば、それを機械にやらせることができる。いつもたくさん買ってくれる人にも、たまにしか買ってくれない人にも、同じように新製品やキャンペーン、関連商品の情報を提供する。これが、ECサイト上ならば低コストで簡単に行える。顧客とのコミュニケーションコストが下がったことにより、20パーセントの優良顧客以外もフォローすることができるようになったというわけだ。つまり、商品のロングテール部分ではなく、「顧客のロングテール」部分を増やすのである。

データベース化と機械化がロングテール成立の鍵

また、このアプローチでさらに重要なのは、顧客とのコミュニケーションを自動化する点にある。いくらインターネット経由で情報提供できるといっても、顧客ごとにサービス内容を人間がすべてピックアップして入力していたのでは、さして労力の削減にならない。顧客情報をデータ化し、そのデータを元にしてどのような情報を提供すべきかをルール化し、顧客のアクションから情報提供までを自動化することがもっとも重要なのである。

たとえば、アマゾンでは、本を買うと「この本を買った人はこんな本も買っています」というメッセージが表示されたり、メールで新刊の案内が届いたりする。もし書店の店員が同様のことをするとしたら、ものすごく記憶力のよい人間である必要があるうえ、もしかしたら顧客はうっとうしいと感じるかもしれない。機械化することによって、おしつけがましさが薄まるという効果もあるという。

ビジネス戦略としてロングテールを取り込むとき、グラフの横軸に何をとるかをじっくり考えてみる必要がある。商品の種類を増やすのは業種によってはリスクだが、顧客はデータなのでリスクはない。顧客フォローの物理的な限界を自動化によって排除できれば、これまでつかみそこねていた売り上げを新たな顧客から得られるのだ。

※この記事は、『Web担当者 現場のノウハウVol.3』 掲載の記事です。

この記事の筆者

Web担編集部

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