苦悩する吉祥寺——自社サイトが抱える問題とは何か/【小説】CMS導入奮闘記#1
ある日、Web担当者に任命された吉祥寺和男。サイトの成績を改善しろと言われたが、具体的に何をどうすればいいかはわからない。吉祥寺は思いつくままにウェブサイトの問題点をメモをしていく……。
ウェブマネ課に配属されて
「あーあ、どうすりゃいいんだろうな」
吉祥寺和男は、この数日ですっかり口癖となった独り言を言いながら、大きなあくびをした。時計の針は夜の10時を回ろうとしていた。PCに向かう彼とちょうど背中を合わせる格好で、デザイナーの神田由紀がディスプレイに張り付き、マウスとキーボードを黙々と操作している。その乾いた音だけが夜のオフィスに響いていた。
4月1日付けで広報部のウェブマネジメント課に配属になって一週間。吉祥寺はひたすら自社のホームページを眺め続けていた。「ファミリー製薬」という社名のロゴ、満面の笑顔を湛えた家族の写真、ひときわ目立つ場所に配置された問い合わせ窓口の電話番号――。トップページの印象は悪くはない。しかし、ひとたびユーザーの立場で活用しようとすれば、サイトの使い勝手の悪さがたちまち露呈するのだった。
吉祥寺は、このところ常に手元に置いてあるB5版のノートを開いた。そこには、この一週間の間に気づいたウェブサイトの問題点が箇条書きで羅列してあった。自ら「吉祥寺メモ」と名付けたそのノートに描かれた文字を彼はたどってみる。
- サイトの中で迷子になる/ほしい情報にたどりつけない。
- 製品情報の内容が統一されていない。
- サイト内検索が機能していない。
- トーンの異なるデザインが混在している。
- 最新ニュースがPDFでアップされていて使いづらい。
ノートには、このような問題点がびっしりと書き込まれていた。問題点は、むろん表面から見える点だけにとどまらない。サイトの「裏側」に回ってみれば、問題はさらに山積していた。更新が遅い、検索エンジンで上位に表示されない、各部署間で情報の更新の仕方が統一されていない、システム部との連携がスムーズにいっていない――。
彼はさらに「吉祥寺メモ」のページをめくった。
- 神田さんの作業負荷が高すぎる。
その一文に目を留めて、吉祥寺は肩越しに神田の背中を見た。ファミリー製薬のウェブサイトの更新作業は事実上、彼女ひとりが担っていた。ホームページ作成ソフトや画像処理ソフトを自在に使いこなせて、自らブログも主催している神田がホームページの更新を担当するのは、理に適ったことではあった。しかし、作業量があまりに多すぎた。ページ制作や運用を外部業者に委託しているとはいえ、「緊急性を要する」と判断された情報はすべて神田が処理しなければならなかった。しかし、「緊急性を要する」はずのそれらの情報は、神田のところで2、3日、場合によっては一週間以上も留まってから、ようやくウェブサイトにアップされるのだった。神田がさぼっているわけではない。処理しなくてはならない仕事が多すぎるのである。
神田はまだ20代半ばだったが、仕事に忙殺されていつも疲れ切っていた。「主任」という肩書きを与えられた吉祥寺にとって、神田はただ1人の部下である。ねぎらいの言葉の1つでもかけてやろうと彼は思ったが、神田は吉祥寺の視線に気づかずに、作業に没頭していた。
お前なら何とかできる
吉祥寺がウェブマネジメント課への異動を知らされたのは、辞令が正式に出るわずか3日前のことだった。
「ウェブマネ課に行って、ファミリー製薬のウェブサイトを生まれ変わらせてほしい」――経営企画室室長、東小金井の言葉が吉祥寺の脳裏によみがえる。
「わが社のウェブサイトがいまひとつ機能していないことは、お前も知っているだろう。うちのような大衆薬メーカーにとっても、今やテレビCMや交通広告だけが有効なコミュニケーションという時代ではなくなっているんだ。企業の姿勢をアピールし、ブランド力を強化し、商品情報を発信し、売り上げを伸ばす。そういうマルチな役割がウェブに求められている。しかし、わが社のウェブサイトは」
東小金井は、やや間をおいてから続けた。
「その役割をまったく果たしていないんだ。情報更新は遅いし、新製品のページもほとんど見られていない、ウェブからの問い合わせもあまりに少ない。営業からも『使えない』という苦情が寄せられている。要するに、うちのサイトは、費やした予算に見合った成果をまったく上げられていないわけだ。だが……」
東小金井は吉祥寺の目をまっすぐに見た。
「お前なら何とかできる。俺はそう思っている」
長年、東小金井の下で働いてきた吉祥寺にとって、選択の余地はなかった。室長がやれと言うならやるしかない。吉祥寺はすぐに腹をくくった。
しかし、問題点の詳細とその解決法について、東小金井は言及しなかった。サイト改善の方向性を見出す作業のすべてを、東小金井は吉祥寺に委ねたのである。吉祥寺はそこに経営企画室の意志を感じた。
ウェブサイトを診断し、適切な治療を施し、フレッシュな「健康体」としてサイトを生き生きと活動させる。そのために、経営企画室にいた人間をウェブの現場に派遣する。それはすなわち、ウェブサイトのリニューアルの実質的な作業を経営企画室が担うということであり、今後のウェブの展開がファミリー製薬の経営に直結する重要な問題であるということにほかならなかった。
とはいえ、吉祥寺のITスキルは、一般のビジネスパーソンの域を出なかった。自らウェブサイトに手を加えることはもとより、サイトの問題点を正確に指摘することさえ心許ない。果たして、どこから手をつければいいのか。
彼が考えたのは、まず「人」に当たること、すなわちこれまでのWeb担当者の意見を聞くことだった。ウェブマネ課の従来のメンバーは、神田のほかは課長の代々木淳之介のみである。吉祥寺は新しい部署に配属になってすぐに、代々木と2人で食事をする約束をとりつけた。
吉祥寺はウェブマネ課課長、代々木について思考をめぐらせる
問題は「人」、それとも……
実は、東小金井から得た情報によって、この代々木こそがガンであると吉祥寺は目星をつけていた。社内の各部署から上がってくる情報を広報的な視点で精査するのが代々木の仕事だった。薬事法がからむ問題については法務部と連絡を取り合いながら、社外に出せる情報と出せない情報を選別し、ウェブサイトにアップするゴーサインを出す。それが代々木の主な役割だったが、東小金井の話によれば、代々木は仕事が非常に遅いばかりでなく、ウェブサイトの活用を含むIT施策全般に対する理解が浅すぎた。また、彼はウェブサイトの運営を銘光社という自分の大学時代の同級生が経営するプロダクションに独断で発注していた。
代々木の「IT以前」の頭脳と公私混同。それこそがファミリー製薬のウェブサイトの質を低水準にしている元凶である――。それが吉祥寺の読みだった。だとすれば、代々木の意識を変え、場合によっては彼を現在のポジションから外し、彼の肝いりの外部業者を切って新しく優秀な業者に仕事を任せれば、万事うまくいくはずだった。
「意外と簡単にいくかもしれないな」
吉祥寺は頭の片隅で、自分が代々木に替わってウェブマネ課の課長のポストに就いている図をほのかにイメージすらしたが、すぐに「そんなに甘いものではない」という思いがやってきた。
「そんなに簡単なことなら、すでに実行されているはずだ。何かもっと、企業がウェブサイトを使うということに対する根本的なとらえ直しが必要なのではないか」
いずれにしても、まずは代々木と話をしてみることだ。しかし、代々木が吉祥寺の読み通りの男だとすれば、その対話から何かが生まれる可能性は低かった。やはり、自らの力でサイトの問題点とその解決法を探ることこそが、自分のやるべきことということか。そう考えれば考えるほど、吉祥寺は気が重くなるのだった。
神田は帰り支度を始めていた。すでに10時半になろうとしている。
「あーあ、どうすりゃいいんだろうな」
吉祥寺は、あえて神田に聞こえるように大きな声で、お決まりの独り言を言った。もしかしたら、それが神田とのコミュニケーションのきっかけになるかもしれなかいと思ったからである。神田も、すでにオフィスを後にしている代々木も、吉祥寺がどのようなミッションをもってこのウェブマネ課に送り込まれたかを当然知っていたし、彼がそのために苦しんでいることにも気づいているはずだった。
しかし、神田は吉祥寺の言葉には少しも反応せず、「お先です」と言って席を立った。
「お疲れさま」
相手に言っているのか自分自身に言っているのかも判然としない口調で吉祥寺が言葉を返すと、神田もやはり独り言のような口調でぼそっと言った。
「CMSかブログでも入れればいいんじゃないすか?」
「しーえむ……何て?」
吉祥寺はすぐに後ろを振り返ったが、すでに神田の姿はなかった。
次回予告
第2話 神田の提言、中野の助言
代々木との話し合いは吉祥寺に1つの発見をもたらすが、それによってウェブサイトのリニューアルの方向性が見えたわけではなかった。吉祥寺は神田を食事に誘い、自分に与えられたミッションを改めて説明する。神田は彼にCMSの導入を勧めるのだった。突破口を得たと感じた吉祥寺は、営業部のエースで同期の中野一郎に連絡を取る――。
神田の提言、中野の助言――企業ウェブサイトが果たすべき役割は/【小説】CMS導入奮闘記#2コラム「吉祥寺メモ」の内容とは?
新たにウェブ担当部署に配属となった吉祥寺和男は、独自のノートを作成して、自社のウェブサイトの問題点を整理しようとする。この「吉祥寺メモ」は、どのような内容になっているだろうか。
ウェブ担当者になって日が浅い彼の場合、ノートの記載はおそらく、かなりランダムで、似たような問題点が重複していたり、重要な視点が抜けていたりするはずである。これは、企業サイトを「診断」する方法を彼がまだ知らないためだ。
ここでは、診断法の一例として、5ポイント16項目からなるチェックリストをご紹介する。ぜひ、自社のサイトの問題点を洗い出す参考にしてほしい。アクセス解析でサイトの状態を知ることも必要だ。
なお、企業サイトに求められる役割や質は、業界、製品やサービスのカテゴリ、企業の規模、上場しているかどうかなどによって変わってくる。たとえば、製薬業界の企業であるファミリー製薬の場合、サイトに記載されている情報の正しさや適法性などが、ほかの業界に比べてかなり厳密に求められるはずである。
また、この種のチェックリストは、インターネット環境の変化に応じて日々変化していくべきものである。常に最新の基準でサイトの問題点をチェックしていくことに留意したい。
企業サイトの課題チェックリスト
- 企業活動を正しく表現しているか
ウェブサイトで企業活動の内容を100パーセント伝えられているか。情報は正確か。開示すべき情報が非開示になっているということはないか
- ナビゲーション(操作体系)は統一されているか
グローバルナビゲーションと統一されたUI(ユーザーインターフェイス)があるか
ナビゲーションルールが体系化され、守られているか
パンくずリスト(階層メニュー)が統一されたルールでつくられているか
- サイトの品質が保たれているか
リンク切れはないか
デザインの質が著しく低いページはないか
サイト内の関連情報が一定のルールのもとで正しくリンクされているか
品質を管理するための体制がつくられ、機能している
- 情報設計が適切に行われているか
重要な詳細ページにトップページから直接アクセスできるか
下層ページへのリンクに内容が不明確なものがないか
下層ページの情報の一部が上層ページに適切に表示されているか
サイトに訪れるユーザーの属性や目的に応じた緻密な情報設計がなされているか
- 最新のインターネット環境に正しく対応しているか
最低限のSEOの施策は行われているか
コーディングの品質が時代遅れになっていないか
RSSを配信しているか
FirefoxやSafariなどの、IE以外のブラウザに対応しているか
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