走りながらPR 2.0の道を作っています――YouTubeもブログもtwitterも/日本オラクルの場合

オラクルのような大企業が、いかにしてブログやYouTubeを実践活用する道を進むようになったのか?
よろしければこちらもご覧ください

PR 2.0の現場から
ネットPR時代を生きる広報&マーケティングパーソンへ

多くの企業ウェブサイトのオーナーが広報部であるというのは、ご存知のとおりです。

従来の広報の仕事に新しくサイトの運営が増えたと同時に、インターネット時代のPR活動としてマスメディアが対象の広報活動からインターネットを通じたあらゆるステークホルダーとのコミュニケーションへの変化にも対応しなければなりません。

広報のプロフェッショナルがウェブサイトのオーナーのプロフェッショナルになるためには、大きな意識改革が必要です。

この連載では、試行錯誤の中、成功のルールを発見しつつある企業の広報担当者から、成功のルールを導き出すまでのプロセスやノウハウをレポートしてきます。

神原 弥奈子(株式会社ニューズ・ツー・ユー 代表取締役社長)

日本オラクル株式会社
http://www.oracle.com/lang/jp/

「PR 2.0の現場から」というタイトルを掲げた本連載。これまでも1年以上に渡って、PR 2.0の最新事例として10社を超える国内企業を紹介してきました。

今回ご登場いただく日本オラクル株式会社は現在、まさにその「PR 2.0」を掲げて、YouTubeやブログ、さらにはtwitterなども活用したコミュニケーションを実践しています。従来型のマスメディアを対象とした広報に加えて、マスメディア以外のステークホルダーとのコミュニケーションをも行うというPR 2.0の実践に、現場はどのように取り組んでいるのでしょうか。PR 2.0への変化と、具体的なアクションや課題について、お話しいただきました。

日本オラクルのPR 2.0へのギアシフト

日本オラクルの「PR 2.0」への指針が表明されたのは、2007年秋のこと。その背景には、「Web 2.0を活用することによる経営の効率化を図る」という米国本社の考えがありました。特に、コミュニケーションを担っているマーケティング部門と広報(PR)部門でのWeb 2.0の活用によって、リソースを効率化、可視化し、より付加価値の高い企業を作っていくことに貢献できるのではないかと、プレジデントのチャールス・フィリップ氏が考え、PR 2.0への大きな方向転換となったそうです。

玉川 岳郎氏
日本オラクル株式会社
広報室長

最初、広報の中でその話を聞いたときは、かなり大きな驚きでした。私は、日本オラクルで10年間、トラディショナルなPRをきちんと実行する努力をしてきました。マスコミ以外の人たちとのインターフェイスになるというのは、従来とは役割が変わること。まるで転職して、そこで新たな役割を与えられる、そういう意識改革が必要でした」(玉川氏)

実際に日本オラクルとしてPR 2.0のコミュニケーションを宣言したのは2008年6月のこと。オンラインでの存在感を急激に拡大していった日本オラクルのスピーディな取り組みには、筆者も注目をしていました。PR 2.0の実行に向けて、議論や準備を進めて「知見の共有をして」(玉川氏)きたそうです。それだけの大きな変化に、現場の抵抗はなかったのでしょうか?

みんなでディスカッションして合意を形成していきました。そのなかに明確にあったのは、もし『それなら私はやらない』という意見の担当者がいたら、その人はメンバーとして認められないということ。それほどに、自分たちは生まれ変わらなければいけないという覚悟でした」(玉川氏)

自分たちがメディアになる

上からの大号令で降りてきたPR 2.0。従来型の広報活動をしていた現場に混乱はなかったのでしょうか? 広報歴8年の野見山さんに、PR 2.0の責任者としてどのような活動をしているのか聞きました。

野見山 祐子氏
日本オラクル株式会社
広報室 担当シニアマネジャー

これまでのメディアの方々に加えて、直接的にタッチする対象となる人が増えていくわけです。方向を定めるためのディスカッションでは、広報とは何なのか、その役割をどう変えていくべきなのか、そういった点に関する議論が一番大変でしたね。

とはいえ、私たちが情報を発信していくことができる状況が、技術的にもできているわけです。これをチャンスだととらえました。つまり、自分たちが言いたいことを自分たちの言葉で伝えられる機会だと考えたのです。とはいえ最初は、わかっている範囲から、技術的に使える範囲からということで、ブログやYouTubeなどを活用することから始めていきました」(野見山氏)

最初に一番議論したのは、今までのやり方を否定するのか、ということです。しかし、ディスカッションが進むに連れて、否定するのではなく、今までのことも肯定して理解を広げるという方向になりました。これは、ものすごく大きなチャレンジでした」(玉川氏)

PR 2.0の背景にあるのは、Web 2.0の技術やサービスです。それらを活用していくなかで見つけた答えが「私たちはメディアになるんだ」ということだと野見山さんは言います。

Web 2.0的なサービスを積極的に活用した日本オラクルのPR 2.0。現場のみなさんは、小さなことも議論しながら、自分たちの「メディア」を育んでいます。

技術者やブロガーに対して、自らつながりにいく

技術者向けのデベロッパー・マーケティングプログラムを担当し、マーケティングの立場からPR 2.0に関わっている伊東さん。ネットの住人である技術者とのPR 2.0的コミュニケーションをどのように展開しているのでしょうか?

伊東 裕揮氏
日本オラクル株式会社
マーケティング本部 キャンペーンマーケティング部 担当シニアマネジャー

会社をあげてPR 2.0を進めている状況ですが、マーケティングでは“マーケティング2.0”という取り組みをしています。我々の場合、お客様や技術者のみなさんとうまくつながっていくため、関係を維持していくためという目的で、テクノロジーを方法論として活用しています」(伊東氏)

今年はブロガーセッションを開催するなど、face to faceのオフ会にも力をいれているそうです。

オラクルのことをブログに書いていただいているブロガーの皆さんや、オラクル製品の設定やチューニング方法などをブログに書いていただいている技術者の方をブロガーセッションにお呼びしています。オラクルが運営する技術者コミュニティサイトであるOTN(Oracle Technology Network)の会員だけを囲い込むというアプローチから、オープンなアプローチに変えています。ブロガー同士、すでに小さなコミュニティができているので、そこに我々が自らつながりにいく、ということを意識しています」(伊東氏)

これまでもSNSやwikiは活用していたそうですが、PR 2.0の取り組みの中で「肝となるのは、人と人とのつながり方」だという伊東さん。これを大事にしながら、オープンなツールを活用してコミュニケーションを展開しています。

クオリティ重視の従来型マーケティングとPR 2.0的手作り感

PR 2.0の活動の一貫として、2008年6月には公式YouTubeを開設した日本オラクル。

YouTubeを始めたときに「社内からは『ルビコン川を渡ったね』と言われた」(野見山氏)というほど、社内外へのインパクトは大きかったようです。

※Web担編注 「ルビコン川を渡る」とは、後戻りできない重大な決定をして、それを行動に移すことを表す表現。
日本オラクルがYouTubeに解説しているチャンネル
http://www.youtube.com/user/oraclejapanpr

現在50本以上の動画が公開されているYouTubeの日本オラクルチャンネルには、マーケティング部門が作った質の高い動画も、広報チームが作った手作り感のある動画も公開してあります。この2つの関係について、どのように考えているのでしょうか?

両方やればいいだけだと思います。オラクルのUS本社には大きなスタジオがあって、ビデオ編集の専門チームが高品質なビデオを作って配信していますが、それはそれ。いっぽうブログ的な広がり方を考えると、作っている人が見え、人間と人間のつながりが感じられる部分も大事です。バランスをうまくとっていく必要があるのです。

US本社のブランド&クリエイティブという組織には、アンブッシュで(計画されたものでなく散発的に)ブログを書くチームもありますし、オラクルが発行する専門誌『Oracle Magazine』を編集してディープなコンテンツに仕上げるチームもあります。そして、両方がお互いのコンテンツを参照し合っています。これが正しい姿なんです」(伊東氏)

YouTubeには、作り込まれたもの以外もアップします。大切なのは、どんな内容なのか、それを支持している人はいるのか、そしてコミュニケーションは起こっているのかということ。作り手のロジックだけじゃだめなんです」(玉川氏)

映画の世界でも、メイキング映像が人気ですよね、これも人がいるから」という玉川さん。ブログについても同様のことがいえるようです。

ブログは早さと広がり方はすごいですよ。しっかりとユーザーの入り口になっています。コンテンツの質に関していえば、Oracle Magazineの編集チームが作ったもののほうが深いのは確かです。しかし、軽さとか、早さとか、つながりは、ブログのほうがもっています。それはOracle Magazine編集チームの責任者たちもなんとなくわかっているんです」(伊東氏)

従来のマーケティング的なアプローチとPR 2.0が共存する中で、情報流通のスピードと広がりがより深いものになってきています。

ブログの立ち上げ、twitterの利用――自ら「実行する」ことで道を作る。そして経営層への説明と効果測定

まず、自分たちの基準でやってみる

YouTubeに日本オラクル公式チャンネルをオープンしたのと同じ時期に、ITmediaオルタナティブ・ブログで玉川さんがブログを開設しました。

玉川氏のブログ「ニュータイプになろう!」
http://blogs.itmedia.co.jp/newtype/

玉川さんがブログを始めるまえに考えたのは、「実名でブログを書く」ことの意味だそうです。

とにかくとことんまでコミュニケーションすること。何があっても逃げない、というのが大事。徹底的にコミュニケーションをすることを考えたら、失敗はあるかもしれないけれど、できるだけ事実に即したことを書くというブロガーとしてのマナーを持つように意識しました」(玉川氏)

(PR 2.0を)始めた頃は、チームにブログを書くことについて詳しい人間はいなかったんです。でも、何かわからないことがあるたびに、『これはどうしたらいいかな』と調べて、皆で情報をシェアして、相談しながらやってきました。だれにも正解はわからない。だからこそ、革命的なことができるような気がしました」(野見山氏)

個人的には、みんなブログは知っていたけれども、それをどれくらい会社に持ち込んでいいのかわからなかった。デジタルネイティブの世代の人たちはすでに持ち込んでいたんですけど、それ以外の人たちはその感覚は持っていなかったんだと思います」(伊東氏)

日本オラクルでは、グローバルでブログに関するガイドラインが用意されていたそうですが、実際に始めるには、それだけでは不安があったようです。

グローバルのガイドラインには、“やってはいけないこと”は明記してあるが、“何をしていいのか”や“どこまでやっていいのか”の範囲がわからないんです。それを僕らが自分たちの基準でやってみせることで、みんながついてくるようになりました」(玉川氏)

そうしているうちに、ブログへの敷居が低くなってきましたね。社内ブログは随分前からできるようになっていたのに、以前は書く人はさほど多くはなかったんです。でも、PR 2.0の取り組みを見て、『あ、ブログって書いてもいいのね』と書く人が大きく増えました。まちがいなく、PRが起爆剤になっていると思います」(野見山氏)

玉川さんをはじめ、社外でブログを通じて情報発信している社員の方々のブログそのものが、ブログを書く際の1つの指針となりました。現在、日本オラクルでは、社内にブロガーを増やすために、外部パートナーと協力してブロガートレーニングを開発中だそうです。

ディレクションからディスカッション、そしてエグゼキューションへ

グローバルからのPR 2.0へのギアシフトというディレクションの一方で、実際のアクションは各事業部に任されていました。PR 2.0の活動をディスカッションするために、アジアのマーケティングとPRの担当者がシンガポールに集まり、3日間の合宿を実施したそうです。

ブログは読んだことがある、wikiだって知っているが、コミュニケーションに使うというのは大きなチャレンジでした。メンバーの多くはデジタルネイティブの世代ではなかったので、強制的にやっていかなければならなかった。これは日本だけの問題点ではなく、他の国々でも同じでした。

合宿では、7~8名のチームで分科会を作り、ワークショップをやったりして、どうやってPR 2.0をエグゼキューション(実行)していくのかを考えました。それぞれが社内ブログやwikiを使ってディスカッションしていったのですが、そのアクションを通じて、自身が体験してフィードバックするというWeb 2.0のスタイルを実際に体験して実践していくことになりました」(玉川氏)

この合宿の後、「急ピッチで変わらなければならない」(玉川氏)という意識のもとに国内でディスカッションがスタート。最初の2~3か月は「毎日が発見」だったそうです。

現在、日本オラクルではPR 2.0のテーマとして次の3つを設定しています。

  1. ステークホルダーマネージメント
  2. 何を使ってPR 2.0を体験・実践するのかというエグゼキューション
  3. どうやってモニタリングするかの効果測定

PR 2.0におけるステークホルダーマネージメント

3つのテーマのうち、ステークホルダーマネージメントは、社内からスタートしました。まず経営会議でPR 2.0の実施を宣言したそうです。

経営陣は、ブログがあることはもちろん知っています。ブログを活用することに対して経営層から受けた質問は『今までの仕事はどうするの?』というものでした。それに対して我々が『もちろん引き続きやります』と答えたところ、『パフォーマンスを維持できるならいいよ』という感じでした(笑)」(玉川氏)

従来から社内で活用していた、メールや電話でのコミュニケーションに加えて、新しいツールの活用を推進していくことは、社内の情報流通を変えることになります。そういった取り組みを社内に浸透させていくためには、工夫も必要でした。

最初に、社長自身にYouTubeに登場してもらったんです。買収をしたあの会社の事業はどうなったのかなどの情報を、社長が動画で直接語りかけることで、社内ブログにも良い影響があると期待しました。

社内の20代エンジニアは、こういったアクションへの対応は早く、すぐに理解してくれましたよ。そこで、PR 2.0に抵抗する人たちに対して、直接話をしたり経営会議で説明したりして、この取り組みを若手がどう評価をしているかの声をフィードバックしていきました。すると、徐々に『結構、効くんだね』という理解を得られるようになっていきました。

あとは何か発表会があるたびに、スポークスパーソンにインタビューして、動画でYouTubeに公開しています。そうすることで、PR 2.0に直接関わる人が少しずつ増えていくんです。否応なく巻き込んでいく、なにかを広げるときの原点ですよね」(玉川氏)

社外のステークホルダーマネージメントはどう変わっていったのでしょうか。特に、これまで広報として最大のステークホルダーであったメディアの人たちとの関係はどう変わったのでしょうか。

オンラインメディアの人たちはPR 2.0を理解していますが、紙メディアの人たちの変革が大変なんです。彼らはオンラインメディアを肯定しすぎると自分たちのビジネスモデルを破壊してしまうことになるのです。まさしく、イノベーションのジレンマですね。

とはいえ、メディア王と呼ばれるルパート・マードック氏が、ネットの大きな力を認めざるを得ないといったことを、ニューズ・コーポレーションの社員集会で言っているんです。つまり、時代はこちらに向かっている。僕はそれを信じたので、メディアの方々に影響することを意識するようにしました。もともとPR 2.0という大きな波に対しての認識は非常に高い方たちなので、オラクルがそれをやるとなると無視できない、と思ってくれたようです」(玉川氏)

玉川氏はミニブログのtwitterも利用しており、玉川氏のtwitterアカウントのフォロワー(情報をチェックしている人)には、専門誌の記者もいるそうです。メディア企業のオンラインへの流れは、もはや止めることができません。そんな中、日本オラクルのPR 2.0への取り組みは、メディアとしても注目をせざるを得ないという状況なのでしょう。

玉川氏のTwitterアカウント
http://twitter.com/Wagamatt

コンテンツとコミュニケーションにフォーカスを

YouTubeやブログを積極的に活用して、スピーディに展開している日本オラクルのPR 2.0への取り組み。とはいえその効果測定やモニタリングについては、まだ明確な結論には至っておらず、議論が続いているそうです。しかし、玉川さんは、少なくともページビュー数が指標になるとは考えていないと明言します。

ロングテールだと言われているブログスフィア(ブログ界)で、単にPV数を計ることはロングテールではなくヘッドの話になってしまいます。そうではなく、コメントがつくこと、トラックバックがつくこと、リンクがつくこと、そういった状況しっかりモニタリングしています。

単にPV数を向上させるのであれば、オラクルに関係ない話題で、今はやりの話をすればいいんですよ。でも、それでPV数が増えても意味がないですよね。一定の求心力が必要だとしても、PR 2.0ではPV数にこだわるのはおかしいと思うんです。僕らが見たいのは、“何について”、“誰と”、“どう”コミュニケーションできたかということ。結果としてのPV数ではなく、コンテンツとコミュニケーションの中身をみることにフォーカスしています。コミュニケーションが発生したときに、中身がポジティブなのかネガティブなのか、そこに課題や論点があるのか、そういった数値化のできない定性的な評価をしています。

そこにきちんとした分析や評価をどうやって入れていくかは、今後の課題として残っているのですが」(玉川氏)

ワールドワイドで開催された勉強会では、直近のあるテーマについてPR 2.0を実行するプランを作って、それをシミュレーションではなく、一般の人に見える形で実施するといった動きもしているオラクル。世界規模でシェアされる効果測定やモニタリングの仕組み作りがどういったものになるのか楽しみです。

◇◇◇

日本オラクルといえば社員数が2,000人を越える大企業です。PR 2.0のようなオープンで新しいものへの取り組みとはほど遠いイメージがありましたが、今回の取材で、そのイメージは払拭されました。

自らPR 2.0を実践している玉川さんは、この新しい挑戦について「自分たちが走りながら同時に道ができていく。走っていくと行き止まりだったり、崖だったりはあると思うが、戻るか、別の道を選択すればいいだけですよね」と言い切り、まったく失敗を恐れていません。広報部門として、根回しをはじめとした社内のコミュニケーションのプロが実施しているということもあると思いますが、「会社として先駆者でありたい」という伊東氏の言葉に、オラクルの持つイノベーターとしての企業文化を感じました。

多くのメディアが注目している日本オラクルのPR 2.0の取り組み。「PR 2.0の現場から」をお読みのみなさんにとっても、具体的に何を、どうするのかを示す指標となるのではないでしょうか。

この記事の筆者

神原 弥奈子(かんばら みなこ)

1993年株式会社カプスを設立。1995年からウェブサイト制作に関わり、エンタテイメントからITまで、幅広いジャンルのコンテンツの企画・制作に携わる。
2001年株式会社ニューズ・ツー・ユー設立し、同年News2u.net開設。
2010年よりネットPR発想のWebソリューションを提供する株式会社パンセを設立。
現在、株式会社ニューズ・ツー・ユー、株式会社パンセの代表取締役社長。

株式会社ニューズ・ツー・ユー社長ブログ : minako's blog ニュースリリース ポータルサイト News2u.net 株式会社ニューズ・ツー・ユー グループ会社:株式会社パンセ