今こそ「消費者目線」を徹底すべき。トランスコスモスCMO 佐藤俊介氏が語るデジタルマーケティングの今と未来

トランスコスモスCMOの佐藤氏は「マーケティングとは消費者目線であること」だと語る。今のデジタルマーケに足りないもの、これから考えるべきことについて話を聞いた。
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トランスコスモス 取締役 上席常務執行役員兼CMO 佐藤俊介氏

企業のデジタルトランスフォーメーションを支援するトランスコスモスでCMOを務める佐藤俊介氏は、「マーケティングとは、消費者目線であること」だと語る。消費者目線とは具体的にどういうことなのか。デジタルマーケティングにおいて同社はどんなことを考えているのか。佐藤氏に話を聞いた。

この記事のポイント
  • 今のデジタルマーケティングは「消費者目線」が足りない
  • 消費者に置いていかれないようにするには自分で体験することが必要
  • 電話よりもチャットが好まれる「チャットネイティブ」の時代
  • コミュニケーションのデータをマーケティングに活用する
  • KPIではなく全体を見るOKRの視点に移行しつつある

佐藤俊介(さとう・しゅんすけ)
トランスコスモス株式会社 取締役 上席常務執行役員兼CMO

2001年、日本大学理工学部建築学科卒業。ベンチャー企業経営を経て2006年に株式会社エスワンオーを創業。2010年よりファッションブランドsatisfaction guaranteed設立のためシンガポールに事業拠点を移した。国内最大級のトレーディングデスク事業を展開する株式会社エスワンオーインタラクティブを株式会社オプトホールディングに売却した後、2016年、Facebook広告運用の最適化を図るSOCIAL GEARをトランスコスモスへ売却。同年、取締役CMOに就任、イノベーション担当取締役も兼任する。今年9月には俳優の山田孝之と一緒にミーアンドスターズ株式会社を設立、代表取締役社長兼CEOに就任。

マーケティングとは「消費者目線」であるということ

―― 佐藤さんは、2016年6月にトランスコスモスのCMOに就任されました。今はどのようなことに取り組まれているのですか?

佐藤主にBtoB側のデジタルマーケティングを、横串を刺して見ています。最近は広告だけとか、CRMだけとか、サポートだけとかいうわけではなく、マーケティングの垣根がなくなってきています。そういう意味で、全体を俯瞰してデジタルマーケティング的な要素を全社に入れていくという感じです。それはプロダクトを作るということもありますし、人事的なことも含みます。

―― 「マーケティング」はさまざまな意味合いで使われます。佐藤さんは「マーケティング」という言葉をどういう意味でとらえていますか?

佐藤マーケティングとは、ひとことで言うと「消費者目線」だと思っています。とはいえ、まだまだ「企業目線」の手法も見受けられます。

たとえば広告だと、消費者からすると煩わしいと感じる動画広告とか、本来のコンテンツを見ることを邪魔するようなものもありますよね。そうではなく、消費者目線で考える。

消費者の視点に立つのは当たり前のことなんですが、それはテレビのような既存のメディアの方がきちんとできています。それがデジタルになると、突然「このツールを使えばこういうことができる」というプロダクト目線、企業目線になってしまう

―― 「既存のテレビなどのメディアの方がきちんとできている」というのは、どういうことなんでしょうか?

佐藤既存メディアはやっぱり歴史がありますよね。たとえばテレビだと番組を1本作るのにもお金がかかりますし、コンテンツに対しての敬意がとても強い。コンテンツに敬意を払うということは、それを見る人のことも考えているということです。

インターネットの場合は、「アクセスさせることが第一で、コンテンツは二の次」という姿勢を感じることがあります。だからデジタルマーケティングに取り組むなら、あらためて消費者側に目を向けることが必要だと思います。

デジタルになると、突然プロダクト目線になってしまう

デジタルでも企業と顧客の関係は変わらない。心を動かすことが大事

―― デジタルの登場で、企業と顧客の関係は変わってきていると思われますか。

佐藤基本は「変わらない」と思っています。ただし、今のデジタルマーケティングはデータや数字に頼りすぎている傾向があるとは感じます。データは大切ですが、一方でアドフラウド(広告不正)とかの問題もあるわけで、そのデータが本当にどこまで信用できるかもわからない。そもそもデータは使うもので、それだけでマーケティングが完結するものではありません

たとえば「20代女性、洋服が好き」というデータだけで、本当にその人の顔やしぐさまで思い浮かべているでしょうか。データだけでは本当の消費者は知り得ないと思います。

―― デジタルで「広告慣れ」が起きていて効果が落ちているのではという話も聞きます。

佐藤それは広告慣れという話ではありません。「その広告がそもそも受け入れられていない」ということです。それを言ったら、体験としてはテレビや雑誌などのマス広告の方がユーザーはよほど見慣れていますよね。慣れたから効果が落ちたのではなく、受け入れられてないから効果が上がらないんです。

デジタルマーケティングでは新しいツールが出てくると「これまでなかったような見せ方ができる」とか「これを組み合わせると斬新」とかやりますが、まったく消費者目線じゃないですよね。そこを正さなければ、どんなに新しい技術が出てきても受け入れられることはありません。結局は消費者を見ていないということに尽きると思います。

「心を動かす」というのがマーケティングの大事なことの1つです。データだけでは動かないですよね。皆「デジタルでブランディングをやりたい」と言うんですが、現状は逆のことをやっていますよね。

「広告慣れ」ではなく「その広告がそもそも受け入れられていない」

「消費者目線で考える」には、まずは自分が体験すること

―― デジタルを活用してブランディングに取り組みたいという企業は増えています。

佐藤ブランディングこそ、消費者のことを考えなければ絶対にできません。今は、商品の情報を消費者がクチコミで広げてくれます。いいことも広がるし、悪いことも広がる。広がる力が強いので、いいものさえ作っていればブランディングは従来よりもやりやすくなっていると思います。

ただし瞬間風速的なものを狙うのではなくて、長く積み上げていくような気持ちでやらないといけないですね。デジタルを活用したブランディングには、やはりコンテンツマーケティングです。「どこの枠をいくらで買う」ということではなくて、コンテンツにお金と人を投資し、拡散してもらえるようなものを作っていく。メディアはそれらをブーストする役目として活用する。その積み重ねです。

―― 「消費者目線で考える」とは、具体的にはどうすればいいのでしょう?

佐藤まずは自分がさまざまなサービスのユーザーになるということです。自社サービスだけじゃなくて、あらゆることをやってみる。今はスマートフォンが普及したことでどんどん便利になっています。それをしないと、消費者のスピードに企業が追いつけません。今起きていることが、今のマーケティングの世界ですから。

今は情報の流れが双方向なので、自分がやらないと何も始まらないという意味では、かつての「テレビを見る」ことよりもかなり面倒かもしれません。でもそれをやらないで社内で頭をひねっているだけでは、いつまでも消費者目線で考えることはできないと思います。

今は電話よりチャットが好まれる「チャットネイティブ」の時代

今は電話よりチャットが好まれる「チャットネイティブ」の時代

―― トランスコスモスでは、チャットにかかわるサービスを続けてリリースしています。これも消費者目線と関係があるのでしょうか。

佐藤はい、「今は電話で話すよりもチャットの方が楽」という人も多い。言うなれば「チャットネイティブ」なんですよね。Webで見た広告をクリックして、Webサイトを表示して、商品をカートに入れて、会員登録をして……という手順を踏むよりも、チャットで済ませてしまった方が楽なんです。

トランスコスモスは長期にわたりカスタマーサポートをやってきているので、消費者とのコミュニケーションは強みでもあります。従来だったら電話でコンタクトセンターにつながっていたところが、チャットネイティブはスマートフォンのチャットでつながる。それは今の時代とても自然なことです。それでサポートとデジタルを融合させた「DECAds(デックアズ)」という統合プロダクトを立ち上げました。

DECAdsが起動している様子。チャットボットとのやりとりでコミュニケーションが進む

―― DECAdsでは、広告をクリックするとチャットがスタートするものもありますね。これまでは、広告をクリックしてからコンバージョンに至るまでのステップをできるだけ少なくしようという考え方が主流でした。一見それに反しているように見えます。

佐藤消費者が何を求めているかを知るには、コミュニケーションを取るのが一番と考えました。DECAdsは、チャットボットと人の両方が対応できるように組み立てています。単純な回答であればチャットボットがすぐに案内できますし、間違えてはいけないものなら人が対応する。運用コストも下がって、コミュニケーションの質も上がります。

消費者の考えを知るにはコミュニケーションを取るのが一番

コミュニケーションを経て購買率やブランドイメージが高まる

―― ほかの施策と比べて、マーケティングの観点においてチャットはどのような効果が期待できるのでしょうか?

佐藤まずはコミュニケーションのデータが取れることです。これは、今まで活用しきれていなかったデータです。また、コミュニケーションをとることによって購買する確率が大きく上がります。これはまだ全部計測しきれてはいないんですが、ただ広告をクリックしたのと比べてチャットを経由し自分で答えながら進んだ場合は記憶のレベルが高まるという結果が出ています。

―― 記憶のレベルが高まる。それは興味深いですね。

佐藤はい。さらにいろいろな事例がありますが、カスタマーリテンション(顧客維持)にもデジタル上で顧客の声を聞くことが重要であるというデータもあります。さらに、コミュニケーションの体験は友人に共有する時代です。正しいことをやっていれば、正しく広がっていきます。

有人対応のデータがチャットボットのもとになる

―― チャットボットが受け答えするとしても、学習するための大量のデータが必要ですよね。そのデータはどのように準備すればいいのでしょうか。

佐藤基本的な構造としては、有人対応したコミュニケーションの内容をデータとして蓄積していきます。その会話データをベースにストーリー仕立てでシナリオを作っていく。何もないところから作るシナリオよりはるかに精度が上がりますよね。そのデータも、コミュニケーションのデータでないと参考にできません。ランディングページのクリック率をいくら見ても、シナリオには役立てられません。

コミュニケーションのデータがシナリオになったり、チャットボットになったりします。サポートのデータがこれまで広告に活用されることはなかったと思いますが、これからはあらゆるデータを施策に使っていくべきです。広告は広告だけ、ECは購買データだけ、サポートはサポートだけということではなく、すべてのデータが横につながっていくという時代に入っていきます

―― 「そんなデータ、持っていないよ!」という場合はどうすれば?

佐藤われわれは「DECode(デコード)」というDMPを独自で用意していて、そこにサポートのデータを蓄積しています。DECAdsを利用する際は、ワンストップでDECodeを活用できるように提供します。そのデータの分析にはAIを活用しています。

―― チャットボット用のシナリオを作るって、とても大変そうです。

佐藤簡単ではありませんが、今こうして普通に会話しているのと一緒ですよ。1つのことを話して、次の話にいく。最初から完成されたシナリオを求めるのではなく、改善を繰り返し精度の高いものを生み出していく運用型のモデルになります。

広告、EC、サポートなどあらゆるデータが横につながっていく時代

―― チャットボットというと、最近はAIが注目されていますね。

佐藤世の中で語られている希望的AIと、現実的AIにはまだまだ隔たりがあります。皆は希望的AIのことを語るんですが、今のAIが自由に会話をして正しくコミュニケーションするのは無理があります。「年齢は何歳ですか」みたいな単純なやりとりならいいですが、消費者目線で要望に応えるという意味では、まだ難しいですよね。

逆に画像認識などある機能においては、人間の目よりもAIの方が優れていることもあります。機械でやれることと人がやれることを正しく分けて、「今の段階で何を達成できるか」を見極めたうえでAIを搭載するならありだと思います。

マーケティングの視点はKPIから全体を俯瞰するOKRへ移行している

―― 有人対応にしてもチャットボットにしても、企業としてはこれまでなかったコストがかかることになります。そこはROI(投資対効果)の視点ではどうなんでしょう?

佐藤はい、もちろんサポートにはコストがかかります。それでもROIが良くなればよいわけです。広告の1クリックの価値が上がるだけでなく、これまで取れなかった有効データが取れるようになるという価値もプラスされます。また、これまで非効率と思われていたメディアも見直されるかもしれません。これは広告活動において非常に大きなことです。

今は単純に「KPIを追う」という考え方ではなくなってきています。グーグルが採用しているという「OKR(Objective and Key Result:目標と主な結果)」という指標がありますが、「全体的に見てどんなリターンがあるか」という見方がどんどん当たり前になってきています。

KPIはあくまで1つの軸です。そこばかりを見ていると、無駄を省いて洗練されていくに従いどんどんビジネスが狭まってきます。だからデジタルマーケティングでは、データの扱いも含めて「全体を俯瞰して見る」ことが必要です

―― なるほど、DECAdsは「チャットを使った広告手法」ととらえていましたが、そうではないんですね。

佐藤はい、「広告の担当者が文章を考える」とか「クリック率が上がる」とかそういう狭い話ではなく、「企業全体として、どう消費者とコミュニケーションを取るか」という視点なんです。

今の時代に合った、デジタルマーケティングの正しいフレームワークを考えていこうということです。今はスマートフォンというデバイスがあり、チャットネイティブという状況があるから、チャットというコミュニケーションを採用したにすぎません。仮に同じことを5年前、もしかすると5年後にやってもダメだと思います。

今は単純に「KPIを追う」という考え方ではなくなってきている

◇◇◇

―― 最後に、企業内のマーケターの方にメッセージがあれば。

佐藤繰り返しになりますが、大事なのは「消費者目線でビジネスをとらえよう」ということです。そんなことは当然皆わかっているんですが、今のデジタルマーケティングは必ずしもそうではないというギャップがあるのが現実です。根幹をしっかりとらえて、消費者に合わせて変えていく。決して楽な道ではありませんが、やらなければいけません。

もしデジタルトランスフォーメーションのパートナーが必要であればご相談ください。トランスコスモスは扱っている事業が広いので、1か所にまとめた方が楽ということもあると思いますので(笑)。

―― 本日はありがとうございました!

この記事の筆者

株式会社Sprocket Managing Editor

2004年インプレス入社。デジマ、スマートフォン、Webデザインなどをテーマにした書籍やWebメディアの編集を約15年間担当。2021年からはCROプラットフォームのSprocketでコンテンツマーケティングに携わっています。

モバイルデバイスとインターネットが大好き。最近の興味はVR、人工知能、キノコ。

株式会社Sprocket

撮影:渡 徳博(ウィット)

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