企業のブランド戦略を促進するWebサイト設計の要点

サイト構造を考える前に、自社のブランド戦略を改める必要があるともいえるでしょう。
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企業のWeb担当者にとって、情報アーキテクチャといえば、まずはサイトストラクチャ(サイト構造)のことが想定されるでしょう。一般的な情報アーキテクチャ設計にはサイトストラクチャ設計やナビゲーション設計、ラベリング設計、画面設計などが含まれます(より大きな視点として、プロジェクト全体を見渡すユーザーエクスペリエンス(UX)設計というレイヤーも考えられます)(図1)。サイト内でのユーザビリティやログの分析、CMSの設計・運用などの前提条件に関わるため、担当者はサイトストラクチャを常に意識する必要があります。

図1:Webサイト設計における情報アーキテクチャの範囲

このようなサイト単位の情報アーキテクチャに対して、企業が持つサイト群全体の情報アーキテクチャのことは「エンタープライズ情報アーキテクチャ(企業情報アーキテクチャ:EIA)」と呼ばれています。今回は、このエンタープライズ情報アーキテクチャと企業が持つブランド戦略の関わりについて説明していきます。

ブランドポートフォリオ戦略

複数の製品ブランドを持つ企業の場合、個々の製品ブランドをどういった位置付けにし、どのように展開をしていくのかという「ブランドポートフォリオ戦略」が重要になります。ブランドポートフォリオ戦略は、個別ブランド戦略から、マスター・ブランド戦略まで、連続した4つの分布の中から選択されるのが一般的です(図2)。

図2:ブランドポートフォリオ戦略におけるブランド関係チャート
出典:デイビッド・A.アーカー『ブランド・ポートフォリオ戦略』(日本語訳書)
Brand Portfolio Strategy: Creating Relevance, Differentiation, Energy, Leverage, and Clarity』(原文著書)

個別ブランド戦略の場合、複数の独立したブランドを用いることで、P&G社のようにプリングルス(スナック菓子)からアリエール(衣料用洗剤)まで多種多様なブランドを展開する際に有効となります。一方、マスター・ブランド戦略の場合では、1つのブランドによって企業全体が束ねられるため、米アップル社のように顧客に対して強いブランドイメージを与えることができます。また、この中間として、日本の自動車会社や化粧品会社のように個々のブランドは独立させながらも、親ブランド(マスター・ブランド)によって全体の保証を与えるような形態もあります。

通常このようなブランド戦略は、Webサイトだけにとどまらず、製品広告や製品パッケージ、外観、そして製品自体の企画などに反映されています。また、先に述べたエンタープライズ情報アーキテクチャは、実はこの企業のブランド戦略を顧客に実際に体験してもらうために大変重要な役割を果たしているのです。

ブランド戦略におけるエンタープライズ情報アーキテクチャ

Webサイトでブランド戦略を提供するためには、具体的に企業全体としてのサイト構造が影響してきます(図3)。個別に詳しく見ていくことにしましょう。

図3:ブランド戦略に対応したサイト構造戦略
  • 個別ブランド戦略
    複数のマイクロサイト(独立サイト)単位でサイトを分割して、企業サイトを構築する手法が考えられます。

    メリット
    個々のブランドや製品の情報をマイクロサイト上のメインナビゲーション(グローバルナビゲーション)に展開できる。

    デメリット
    ブランド間、製品間の移動には、製品一覧ページや企業全体のサイトに遷移する必要があり、製品を頻繁に比較したいサイト訪問者にストレスを与えてしまう。

  • マスター・ブランド戦略
    複数のブランドを束ねたサイトにすることで、常に共通のサイトロゴやメインナビゲーションがヘッダー部分にあらわれることになります。

    メリット
    複数の製品にまたがって共通のナビゲーションが提供されることで、1つのブランドが強く印象づけられる。

    デメリット
    製品群が多い企業では、自分に必要のない項目も含まれるメインナビゲーションが常に画面内で大きな領域を占めてしまい、サイト訪問者に否定的な印象を与えてしまう可能性がある。

ネット上でのサービスを提供する企業も、たとえばリクルートのように「Powered by Recruit」と保証を与えながら、「じゃらん」「フロム・エー ナビ」といった個々のブランドを独立させている企業もあれば、楽天のように「楽天証券」「楽天トラベル」といった1つのブランドに集約させている企業も存在します。

このように、それぞれのサイト構造にはメリットとデメリットとがあり、企業のブランドポートフォリオに応じて適切な形を選択する必要があります。

顧客志向のエンタープライズ情報アーキテクチャ
エンタープライズ情報アーキテクチャ戦略の検討

顧客志向のエンタープライズ情報アーキテクチャ

また、企業のWebサイト群全体を考えた場合、ブランド戦略に加えて、顧客志向か企業志向かといった方針も大きな影響があります。これは、サイト訪問者がサイトを訪れた際に触れる最初のページ(主に企業サイトのトップページが該当する)を顧客向けサイトにするのか、企業全体のサイトにするのかという選択です。

たとえば、カネボウ化粧品の企業サイトは、訪問者がサイトに訪れると、まず顧客向けのページが表示されます(図4)。

図4:カネボウ化粧品の顧客向けサイトと企業情報サイト

訪問者はそこから製品やブランド情報を得るために個別のブランドサイトに遷移したり、企業全体で提供している顧客向けコンテンツや機能ページを利用したりできます。プレスリリースや採用情報などの企業情報は、ヘッダー部分にある「会社情報」リンクをクリックすることで、企業情報をまとめたページに遷移します。ここでは、ビジネス目的でサイトを訪れた人向けの、製品情報以外の企業情報が閲覧できます。

企業サイトのトップページを顧客向けにし、企業情報ページを別に用意することで、そのサイトを訪れた顧客は不必要な情報に触れることがなくなるため、優れたユーザー体験の提供が期待できます。反対に、企業情報に興味があるサイト訪問者は、もともとカネボウ化粧品という会社は化粧品の会社であることは知っているはずだと考えられるため、トップページが顧客向けのページになっていることに対して、あまり否定的にはとらえないでしょう。そして、識別しやすい場所に企業情報へのリンクを用意することで、ストレスなく求める情報へ遷移できるはずです。

エンタープライズ情報アーキテクチャ戦略の検討

このように、企業の情報アーキテクチャ戦略は、ブランドポートフォリオ軸と、顧客志向軸とを組み合わせた2軸が考えられます(図5)。企業サイトの全体構成を検討する際には、競合企業などのサイト構造をこの図にマッピングしてみることで、業界での標準的な考え方と自社の戦略を定めるための参考になるでしょう。

図5:エンタープライズ情報アーキテクチャ4つの軸

エンタープライズ情報アーキテクチャ戦略は、企業のサイト全体に関わる検討であるため、改修には大規模なリニューアルがともなう可能性があります。このため、どういった戦略を目指すのか、それにはどの程度の改修が必要になるかといった検討は常に行っておく必要があります。

参考資料
  • EIA as Brand Strategy
    著者がIA Summit 2009で発表したエンタープライズ情報アーキテクチャに関するポスター論文
この記事の筆者

長谷川 敦士株式会社コンセント 代表取締役)

1973年山形県生まれ。東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了(学術博士)、専門は認知科学・人工社会でのネットワーク科学。ネットイヤーグループ株式会社を経て、2002年「Web時代の設計事務所」株式会社コンセント設立、代表を務める。

さまざまなプロジェクトに携わるほか、大学での講義や学会での研究発表を行っている。日本情報アーキテクチャ協会主宰(IAAJ)、人間中心設計推進機構(HCD-Net)理事。Information Architecture Institute、ACM SIGCHI、日本デザイン学会会員。

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