ソーシャル活用で企業側の“思い込みベースの妄想”をユーザーのウォンツに書き換えていく/日本ヴォーグ社の場合

手芸の情報サイト「手づくりタウン」を中心とした日本ヴォーグ社の戦略を伺いました。
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PR 2.0の現場から
ネットPR時代を生きる広報&マーケティングパーソンへ

多くの企業ウェブサイトのオーナーが広報部であるというのは、ご存知のとおりです。

従来の広報の仕事に新しくサイトの運営が増えたと同時に、インターネット時代のPR活動としてマスメディアが対象の広報活動からインターネットを通じたあらゆるステークホルダーとのコミュニケーションへの変化にも対応しなければなりません。

広報のプロフェッショナルがウェブサイトのオーナーのプロフェッショナルになるためには、大きな意識改革が必要です。

この連載では、試行錯誤の中、成功のルールを発見しつつある企業の広報担当者から、成功のルールを導き出すまでのプロセスやノウハウをレポートしてきます。

神原 弥奈子(株式会社ニューズ・ツー・ユー 代表取締役社長)

手づくりタウン(日本ヴォーグ社)
http://www.tezukuritown.com/

手芸の好きな人たちから大きな支持を集めている日本ヴォーグ社。日本ヴォーグ社では、本を通して編み物を中心とした手芸のデザインや作り方を読者に伝えるだけでなく、材料の販売もしています。その日本ヴォーグ社のインターネット戦略の中心にあるのが2001年に開設された「手づくりタウン」。平均年齢38才、手芸好き、手芸愛好家の既婚女性が集まるウェブサイトです。

出版社の持っている豊富なコンテンツ。そしてネットでの本やデザイン、材料の販売。あるいは動画を使った“作り方”の紹介。日本ヴォーグ社が取り組んできたのは、自社の経営資源をいかにネットに移植していくかということでした。このサイトを2008年から担当されている日本ヴォーグ社のクロスメディアカンパニー・メディアプロモーション室の足立氏に、これまでの「手づくりタウン」の歴史と今後の展望についてお話をお聞きしました。

経営資源をどうやってオンラインに持っていくか

電子出版やオンライン販売など、出版社のインターネット戦略への関心が高まっています。

デザイナーが作った手作り作品のデザインを出版というメディアで売っている日本ヴォーグ社は、出版社であると同時に、素材販売という物販事業を展開しています。

日本ヴォーグ社にとって、インターネットはどういった位置づけにあるのでしょうか?

日本ヴォーグ社
クロスメディアカンパニー・メディアプロモーション室
足立 浩 氏

ハンドクラフトは『デザイン』『技法』『材料』の3つの要素からなっています。では、手芸愛好者のために日本ヴォーグ社が何をしてきたのかと言うと、作家さんから生まれた『デザイン』を本によって画像と設計図で提供し、『技法』は、たとえば“かぎ針”のテクニックなどをまとめた技法解説の本で提供、そして、それらのデザインを実際に作るのに必要な『材料』を通信販売で提供するという3つに大別できます。これは、今後のインターネットでも変わらないと考えています」(足立氏)

書店の数が減少し、インターネットと電子書籍が台頭しているなか、「出版流通は二極化が進んでいる」と足立氏は指摘します。日本ヴォーグ社がインターネットに取り組むきっかけと現在までの経緯はどのようなものだったのでしょうか?

メディアがどう変わっていくのかを考えると、インターネットに取り組まなければいけないというのは社内の誰もがわかっていました。でも、インターネットで“何か特別なこと”ができると勘違いしていたこともありました」(足立氏)

ハンドクラフト(手作り)のための街(モール)をイメージして「手づくりタウン」を2001年8月にスタート、その後2005年にはECサイトをスタートしています。しかし、当時は「投資額に見合ったリターンさえわからなかった」(足立氏)という状況のなか、本から商品まで、たくさん並べてはみたものの、売れたのは本だけだったそうです。

当社の場合、(パートナーである)リアルの手芸店より安い金額で販売するわけにはいかず、定価販売を通していました。しかし、同じ物であれば、最安値を探すというのがオンラインでは当然。だから材料は売れませんでした。本が売れたのは、それがオリジナル商品かつ価格維持商品だったからです」(足立氏)

当時のECサイトが上手く立ち上がらなかった原因を、「ユーザーが日本ヴォーグ社に何を求めているのか、ユーザーからの視点が運営側に足りなかった」と足立氏は分析します。2008年にご自身がインターネット担当になったときに注力することにしたのは「会社の持っている経営資源をどう組み合わせて、どんな形でユーザーに提供するか」という点。以後、足立氏はその点にフォーカスして取り組みを進めます。

顧客の自社へのロイヤリティは何か?

足立氏がインターネット担当になったのは、日本ヴォーグ社のインターネット事業がスタートして8年を経た2008年のこと。当時のことを振り返り、「真夜中に知らない家に放り込まれたような状況だった」と足立氏。

日本ヴォーグ社というブランドに対する(ユーザーの)期待感に基づいて物事を進めないと続けられないと考え、2009年秋に『ニットナビ』をスタートさせました。ニットのデザインを検索して、どの本に出ているかを紹介する作品検索エンジンです。2010年には、ニットナビで見つけたデザインの単品レシピ(設計図)販売をスタートしたところ、(集客と売上に)秋の山ができました」(足立氏)

「ニットナビ」が大きな成功につながった背景には、それを展開するにあたって、お客さまのなかにニットに対してのロイヤリティの高い人たちがいることをアクセス解析や出版のデータから理解していたことがあるのです。

この「ニットナビ」は、その後、ニットだけでなくパッチワークキルト、トールペインティング、ソーイングなどのレシピを追加して、現在は「手芸ナビ」という名称になっています。

最終的には物販で勝てなければいけない

10年の時間とさまざまな試行錯誤を通じて運営されている日本ヴォーグ社のWebサイト。これらのサイトで達成しようとしている目的は何なのでしょうか?

目的は、ダイレクトマーケティングの強化と物販です。直販売上でインターネットの比率を上げていきます。『手づくりタウン』を広告媒体としても育てていこうと考えています」(足立氏)

足立氏は、技法解説やデザインの設計図については、無料で提供するほうが有利だと考えています。とはいうものの、何を無料で提供して何を有償にして売上を得るべきなのかという点では、まだまだ社内でも議論が熟成していないと言います。

ユーザーにとっては、ワンストップで全部揃っている方がいいわけです。他社が無料でやれること、やれないことをつきつめていくと、売上を上げられるのは物販しかないと思っています。最終的には物販で勝てなければいけないのです。

ユーザーの目で見ると、ハンドクラフトは『デザイン(設計図)』と『技法』と『材料』の3つが揃っていれば作れるのですが、特に技法解説についてはフリーでいいと私は考えています。それは動画でどんどん見せるべきです」(足立氏)

足立氏は、コンテンツのフリー化について、社内の理解を得るための動きを少しずつ進めています。たとえば過去の本からレシピ(設計図)を数点だけ無料で提供することで、「フリーについての食いつきを実績として見せる」(足立氏)という取り組みをして、社内の理解を得る取り組みを進めているということです。

インタビューは後半、さらに盛り上がっていきます。

  • オンラインで見せれば見せるほど売れるコンテンツ
  • 出版社が書籍で権威づけした“先生”から、
    ユーザー代表のオピニオンリーダーの出現へ
  • 「手づくりタウン」でユーザーとメーカーのいい関係を
  • ソーシャルメディアでリアルな情報を入手
    限られた情報の中での妄想から卒業

オンラインで見せれば見せるほど売れるコンテンツ

日本ヴォーグ社の本は、見せれば見せるほど売りにつながる」と足立氏は、断言します。確かに、日本ヴォーグ社の提供している本は、読み物ではなく、カタログと設計図から構成されていて「単品販売ができる構造なので、もともとインターネットにマッチしている」(足立氏)というのも納得です。

高額商品の本で、全ページ見られるようにしたところ、実売につながったという実績があります。高い本は本屋さんに出回らないので、ネットで紹介すると納得をして購入していただけたという現象が起こったんですね。

お客さまにはさまざまなタイプの方がいらっしゃいます。本の中に作りたい物は1点しかないのだからとネットでの単品販売で満足する人も、もちろんいらっしゃいます。逆に、作りたいのは1点だけだけれども本の雰囲気が好きだからと、1冊の世界観をそのまま欲しいと感じる人もいます。お客さまによって、それぞれの場面ごとに感じる価値が違っています。ということは、こちらからの提供のスタイルもさまざまな形があるほうが、お客さまの利便性は高まるはずですよね」(足立氏)

本というパッケージでは満たせなかったお客さまのさまざまなニーズを、インターネットで満たしていく。そういった取り組みを、日本ヴォーグ社のオンライン施策のいたる所で感じることができます。

出版社が書籍で権威づけした“先生”から、
ユーザー代表のオピニオンリーダーの出現へ

ソーシャルメディアの台頭によって「今後のハンドクラフト/手芸のマーケットそのものはかなり変わってくる」と、足立氏は指摘します。個人の情報発信は、この分野にどのような変化をもたらすのでしょうか?

昔は、デザインというものが露出するのは、出版メディアくらいしかありませんでした。出版社がある作家を採用することによって、その作家は先生になる。つまりオーソライズされて認知されることになるという流れでした。いまは状況が全然違っていて、順番が逆になっています。というのも、出版で取り上げる前に(インターネット上で)作家が認知されていて、そこから我々が誰を取り上げるかを考えるということが起こっています」(足立氏)

これまで手芸のデザインというと、出版物でしか見ることができず、出版社がそれを販売することで売上を上げているものでした。それが、インターネット上で、個人によって無料で情報発信されているのが今の状況。情報流通と情報量の両方で大きな変化が起こっているのです。この現実をいかに受け止め、どのような対応をしているのでしょうか?

インターネットで発信をする皆さんとのオフ会を、日本ヴォーグ社が場所を提供して開催しています。その皆さんは、手作り愛好者たちのオピニオンリーダー。この人たちの願いを叶えてあげることは、より多くの皆さんのご要望にお応えすることに気がつきました。

“日本ヴォーグ社が願いを叶える”というと、たとえば、1万種類の中から好きなリボンを選べるように提供するといったことです。それだけ多くの選択肢から好きなリボンを選ぶことは、普通の方ではなかなかできません。それを叶えてあげて、オピニオンリーダーの方が“私ならこのリボンをこんな風に使う”というものを作る。すると、フォロワーがそれに注目して、それと同じリボンを材料として含めたセットを購入するという流れが起こり、そのときは3日間で完売しました」(足立氏)

オピニオンリーダーの要望に応え、日本ヴォーグ社にしかできない価値を提供することで、売れる商品を作ることもできる。そういった新しい取り組みがすでにスタートしています。

ユーザー代表のオピニオンリーダーのウォンツを満たし、商品開発につなげていきたい」(足立氏)と期待が膨らみます。

「手づくりタウン」でユーザーとメーカーのいい関係を

足立氏は、ネット上のオピニオンリーダーについて「情報量が多く、感性も研ぎすまされていて、非常にいいアンテナをお持ちです」と評します。

(オピニオンリーダーたちが)言葉にしていない不満足を見つけて、それを叶えてあげる。これまで世にないモノだったら、それが多くの人のウォンツを満たすことになると思うんです。それを実現する場所として、“手づくりタウン”を成長させていきたい」(足立氏)

オピニオンリーダーの要望を叶える場所としての“手づくりタウン”のもう1つの大きな可能性として、メーカーや生産者との接点を提供し、「いい関係」を築く場所への期待を持っています。

メーカーの企画や商品企画の方の中には、ユーザーが何にどう使うかをあんまり知らずに企画しているケースが見受けられたのですが、ユーザーの代表である作家とメーカーや生産者の方を直接引き合わせると、意外と『メーカーなのにこんなこと知らないのですか?』ということがあるんですよ。

メーカー側の“売れる物を作りたい”ということと、ユーザー側の“欲しい物”がダイレクトにわかり合える場所があれば、Win-Winで本当に欲しかったものが生まれます」(足立氏)

作家と顧客のいい関係を創るメディア。そしてユーザーとメーカーがいい関係になるメディア。“手づくりタウン”のこれからが見えてきます。

ソーシャルメディアでリアルな情報を入手
限られた情報の中での妄想から卒業

日本ヴォーグ社は、作り方を解説する動画をYouTubeで提供したり、Twitterで最新情報を提供したりと、ソーシャルメディアも積極的に活用しています。企業としてソーシャルメディアはどのように考え、取り組まれているのでしょうか?

会社の役割として、情報発信からスタートしています。情報発信の役割を果たす人もいれば、傾聴をするために使うということもやっている人もいますが、自分としては、プッシュするよりも、ユーザーの実態を知るということに価値があると思っています」(足立氏)

ソーシャルメディアでの作家さんの発言のなかから、その方々の生活ぶりがわかってきたという足立氏。確かに、日常の小さなつぶやきやブログから、その人の生活パターンや一日の時間の使い方を知ることができます。ソーシャルメディアを通して「これまでの限られた情報のなかでの妄想から、リアルの情報を入手しながらの妄想にチェンジできた」というのは大きな変化です。

手作りが好きな人たちを対象にしていきたい会社なので、その代表である人たちが、どう思っているのか、どう感じているのか、できれば言われる前に気付いてあげたい。隠れたウォンツを知りたい。それをかなえてあげることが、基本的なマーケティングのペルソナにつながっていくと考えています」(足立氏)

足立氏のソーシャルメディアへの考え方は、あくまでも傾聴の場として活用するということ。オフ会での情報交換やソーシャルでの傾聴など、ユーザーを知る機会が増えていることを企業としてどのように活かしていくのか、楽しみです。

◇◇◇

インターネットの登場によって既存の事業を基本から見直すきっかけになっている企業は多くあると思います。自社の経営資源をいかにインターネットに移植していくか。企業のインターネット担当者には、経営に近い視点が求められています。あるいは経営陣よりも先にインターネットの担当者がその事実に気付くというケースもあるでしょう。

日本ヴォーグ社では、経営トップが「モノじゃなくてコトへ」ということを、全社的にメッセージとして発信しています。モノを得たことで、どういう変化があるのか。どんな満足度を提供するのか。そこまで追求しないとモノが売れないということを、全社で共有していることの背景には、ソーシャルメディア上で、個人で情報発信する人たちとの新しい出会いと、そこから生まれる新しいビジネスチャンスがあると思います。

この新しいビジネスチャンスをどのように活用していくのか。これからの日本ヴォーグ社の取り組みに期待したいです。

この記事の筆者

神原 弥奈子(かんばら みなこ)

1993年株式会社カプスを設立。1995年からウェブサイト制作に関わり、エンタテイメントからITまで、幅広いジャンルのコンテンツの企画・制作に携わる。
2001年株式会社ニューズ・ツー・ユー設立し、同年News2u.net開設。
2010年よりネットPR発想のWebソリューションを提供する株式会社パンセを設立。
現在、株式会社ニューズ・ツー・ユー、株式会社パンセの代表取締役社長。

株式会社ニューズ・ツー・ユー社長ブログ : minako's blog ニュースリリース ポータルサイト News2u.net 株式会社ニューズ・ツー・ユー グループ会社:株式会社パンセ 

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