顧客資産価値のマネジメント/『ダブルファネルマーケティング』特別公開#2-4+おわりに

ダブルファネルマーケティングを成功に導くための、顧客資産価値のマネジメントを解説
よろしければこちらもご覧ください
ダブルファネルマーケティング

この記事は、書籍『ダブルファネルマーケティング』全3部のなかから、内容の一部をWeb担の読者向けに特別にオンラインで公開しているものです。

第2部 ダブルファネルマーケティングの理論と実践

第2部 第4章 顧客資産価値のマネジメント
行動(AOC)と発言(VOC)のリスニング

第2章のケーススタディからもわかるように、ダブルファネルマーケティングを成功に導くには、顧客体験の創出施策や良質なクチコミの確保と拡散施策を立案・実行し、その効果や反響を測定してPDCAサイクルを回し、顧客体験を含んだ顧客の行動や発言のデータをリスニングし、消費者にどのようなブランド体験が発生しているのかを把握しなければならない。

顧客体験データは大きく定量情報と定性情報の2通りに分けられる。本書では、前者をAOC(Activity of Customer)データ、後者をVOC(Voice of Customer)データと呼ぶ。AOCデータは、POSや顧客データベース、Webアクセスログなどの形で蓄積された行動履歴から抽出できる。AOCの定量分析や行動観察を行うことで、顧客体験の発生頻度や発生しやすい時期・状況を明らかにし、その背景にある顧客のニーズやライフスタイルについての仮説を構築できる。AOCのような数値データに秘められた顧客の声ならぬ声を「リスニング」するのである。一方のVOCデータは、コンタクトセンターやソーシャルメディアに集まった発言履歴から抽出できる。VOCの定性分析や心理考察を行うことで、顧客体験による消費者の購買動機・態度態様の変化や原因・理由を明らかにすることが可能になる。

図2-15は、AOC/VOCデータをリスニングしてPDCAサイクルを回していくための一連の工程を整理し、リスニング・プラットフォームの全体像を模式化したものである。これから分かるように、リスニング・プラットフォームは「インプット(収集・蓄積)」「スループット(分析・共有)」「アウトプット(立案・実行)」「ガバナンス(企画・統制)」の4つの業務領域に分けることができる。各々の役割は次の通りだ。

図2-15 AOCとVOCのリスニング・プラットフォーム

「インプット」は、消費者が様々な顧客接点を通じてブランドに接触・体験した記録をAOC/VOCデータの形で収集し、各々のデータベースに所定の形式で蓄積していく機能を担う業務領域である。

「スループット」は、多種多様なデータベースから分析対象となるAOC/VOCデータを抽出・統合し、分析・解釈することで有意義な知見を導出し、それをレポートやBI(ビジネスインテリジェンス)を通じて社内の関連部門と共有できる状態に加工する機能を担う業務領域である。

「アウトプット」は、様々な分析結果を組み合わせて戦略や施策を立案し、実際の施策(アクション)に移すことで、直接的ないしは間接的に顧客体験を創出し新たなAOCやVOCを生み出していく機能を担う業務領域である。

「ガバナンス」は、「インプット」「スループット」「アウトプット」という一連の工程をもう一段階上の立場から見直し、リスニング・プラットフォーム全体を企画・統制する機能を担う業務領域である。

AOC/VOCデータのリスニングでは、全体を企画・統制する「ガバナンス」の担当者が中心的な役割を担うべきだ。そして「ガバナンス」担当者が必ず行うべきことは「データ」というものに対する統一見解を関係部門間で形成することである。なぜなら、各業務領域の担当者によって「データ」に対する考え方や向き合う姿勢が異なっていることが多いからだ。

「インプット」の担当者にとってAOC/VOCデータとは、顧客とのコミュニケーションを遂行する上での「記録」である。キャンペーンの申込み履歴や、店頭やコンタクトセンターでの応対履歴のように、顧客との接触情報をなるべく正確かつ効率的に記録し、必要に応じてトレースできるような形式で残すことに関心を寄せていることが多い。

また、「スループット」の担当者にとってAOC/VOCデータとは、主に調査・分析業務を遂行する上での「標本」である。調査・分析の客観性や信頼性を損ねないように、抽出・加工のプロセスや変数・項目の定義を明確にし、なるべく分析結果にバイアスを発生させないようにすることに関心を寄せていることが多い。

そして、「アウトプット」の担当者にとってAOC/VOCデータとは、効果的・効率的な施策案や実行計画を練るための「素材」である。例えば、特定の行動条件に合致した場合にのみターゲティング広告を表示したり、同じような購買履歴を持つ顧客に協調フィルタリングでレコメンドメッセージを発信したりするなど、AOCデータをトリガー(発動条件)として活用する。また、サンクスメールやユーザーレビューをダイレクトメールやWebサイトのクリエイティブに用いるなど、VOCデータそれ自体をコンテンツとして活用するミッションを担う。

このように、業務領域によって「データ」に対する考え方や姿勢の違いはあっても、最終的に目指すべきゴールを提示し共有することで、データに対する統一見解を形成し、円滑な連携を図ることは必要不可欠である。そして、データ分析を起点にしたPDCAサイクルを実現するためには、データに対する統一見解に基づいた業務連携を行う組織体制と業務フローを整備すべきだ。そこで「ガバナンス」の担当者がまず行うべきことは、AOC/VOCデータの「活用目的」を定義し、それに応じた「インプット」「スループット」「アウトプット」業務のグランドデザインを関係者に提示、共有することである。

AOC/VOCデータのリスニングを行う場合は、分析結果を事後にどのような業務や用途で活用するのか、すなわち具体的な「活用目的」を定義して、分析対象となるデータの収集方法や使用する分析手法の設計、最終的なアウトプットの形式や内容をデザインする必要がある。例えば、活用目的が既存顧客の維持・育成なのか、新規顧客の開拓・獲得なのかによって、「インプット」「スループット」「アウトプット」の一連の工程で行うべき業務の内容や注力してリスニングすべき事柄も大きく変化する。

既存顧客の維持・育成に向けた分析を行う場合は、POSデータやコールログなどの内部データに集まるAOCとVOCを組み合わせた分析を行う。現状のリピート率や離反要因を明らかにし、解約しやすいあるいは継続しにくい既存顧客に対する継続促進キャンペーンの企画や、コンタクトセンターでの解約受付時のカウンタートークの作成を行う。

それに対して、新規顧客の開拓・獲得に向けた分析を行う場合は、ソーシャルメディア上の「いいね!」の履歴やユーザーレビューなどの外部データに集まるAOCとVOCを組み合わせた分析を行う。ポテンシャルの高い顧客の規模感の推計や新たな顧客ニーズの仮説を立案し、新規顧客層にリーチするためのメディアプランニングやクリエイティブで使用する訴求メッセージの制作を行う。

大事なことなので繰り返しになるが、AOC/VOCデータのリスニングにあたり「ガバナンス」の担当者が必ず行うべきことは、データの活用目的を定義し、目的に応じて業務全体のグランドデザインを関係者に提示し、共有し、「データ」に対する関係者の考え方や姿勢を一致させるよう働きかけることである。それを怠れば、データに基づくPDCAサイクルは間違いなく機能不全に陥り、「勘と経験」や「気合と根性」による非科学的なオペレーションが跳梁跋扈(ちょうりょうばっこ)することになるだろう。

顧客資産価値(CVI)と顧客感動(CDI)

ダブルファネルマーケティングにおいても、AOC/VOCデータにより個別施策の効果測定を行い、「小さなPDCAサイクル」を回すことで、なるべく短い周期で素早く施策を改善していくことはもちろん大切である。しかし、一方で個別施策の集合体であるマーケティング戦略全体の成果やROIを1年以上の周期で測定し、今後の戦略方針や業績予測を練るための「大きなPDCAサイクル」も同時に回す必要がある。

言い換えると、閲覧率・受注率・継続率といったプロセス別のKPIや、KPIに影響を与えるSub-KPIを設定・管理する「小さなPDCAサイクル」を回すと同時に、事業戦略全体のKGIを設定・管理する「大きなPDCAサイクル」も並行して回すことでダブルループ学習を進めるべきである(図2-16)。

図2-16 PDCAサイクルのダブルループ学習

では、ダブルファネルマーケティングのKGI(Key Goal Indicator)とはどのようなものか。その問いに答えるためには、まずは顧客資産価値マネジメントという概念を導入する必要がある。

顧客資産価値マネジメントとは、顧客一人ひとり(個客)との絆によって生み出される収益や情報を企業にとっての「資産」と捉え、企業の顧客資産価値を最大化すべく事業を強化することが、企業の存在価値と顧客満足の向上につながるという考え方である。従来のCRM理論におけるLTVの考え方は、個客から得られる長期的な収益を考慮し、その生涯価値を計測するというものであった。顧客資産価値は、そうしたLTVの考え方に加え、企業の収益基盤となるファンや既存顧客の人数、顧客が創造・発信する情報の価値も企業の顧客資産価値として加味した概念である。

ダブルファネルマーケティングによって生み出された顧客資産価値を実際に数値として計測するためには、売り上げやLTVのように個客が直接的に事業にもたらしてくれる収益と、クチコミを通じて新規顧客を呼び込むような間接的に事業にもたらしてくれる収益の両面を考慮する必要がある。

具体的には、プロモーション、アクイジション、リテンションの各フェーズにおける事業への直接的成果と、インフルエンスによって前工程の効率を押し上げる間接的成果をKPIとして設定する。そして、それらのKPIを個客別に集計し合算したCVI(Customer Value Indicator)と呼ばれる指標をKGIとして用いる。従来のLTVは直接的成果にのみ着目した指標であったが、CVIは間接的成果を加味しており、最新のWeb広告理論でいうところの「アトリビューション」的な発想を取り入れた概念といえる(図2-17)。

図2-17 CVIの算出公式

CVIは顧客資産価値を事業の価値と捉え、その収益性を企業視点で評価するための内部的な指標である。一方で、企業の存在価値を客観的に評価するためには、企業視点ではなく顧客視点で改めて企業の存在価値を捉えなおし、マーケティング活動によってどれだけの顧客を生み出し、どれだけの顧客満足を獲得することができたかを測定する必要がある。

そこでダブルファネルマーケティングでは、LTVの概念をCVIに拡張したことに呼応する形で、CSI(Customer Satisfaction Indicator)を概念拡張したCDI(Customer Delight Indicator)を外部評価指標として用いる。CSIとCDIの違いは、「社会性」と「期待値」という2つの要素を重視している点である。

CDIの「社会性」の要素とは、CDIが利己的な顧客満足度だけでなく社会的な顧客満足度も加味した概念であることを指している。従来のCSIは、企業が提供する商品・媒体・売場・サポートに対し個客自身に完結した、いわば利己的な顧客満足度であった。しかし、ダブルファネルマーケティングでは、コミュニティに対する満足度や自分が他者に及ぼした影響力から得られる社会的な顧客満足度も計測することが求められる。

CDIの「期待値」の要素については、CDIが図2-18のように、いわゆるCS理論における「期待効用仮説」に準拠した概念であることを指している。そもそも顧客満足度とは、顧客が事前に抱いている期待値や要求水準に対し、商品・サービスの購買・使用などの体験を通じて得られた効用によって、どのくらい満たされたのかを数値化した充足度のことを指す。だが、事前の期待値や要求水準と同レベルの顧客満足を提供するだけでは、ダブルファネル効果を生み出すような良質なクチコミを発生させ、拡散させることは困難である。そこでダブルファネルマーケティングにおける顧客満足度を測定する際には、顧客満足(カスタマーサティスファクション)ではなく顧客感動(カスタマーディライト)を用いることになる。カスタマーディライトとは、顧客の期待を超えるような効用をもたらす商品・サービスの体験を提供することで、予想外の歓びや感動を与えた度合いのことである。

図2-18 カスタマーディライト

CDIの測定に当たっては、事前の期待値と事後の満足度のクロス集計を行い、期待値<満足度となる顧客の比率を指数化する。さらに、数値データの集計を行うだけでなく、顧客が期待を超える歓びや感動を覚えた具体的な理由やエピソードのVOCを直接あるいは間接的に聞き出すことで、カスタマーディライトを生み出すための具体的な施策のアイデアやヒントを得て、事後のアクションにつなげていく。具体的にどのような取り組みがなされたのか、航空会社D社における取り組み事例を紹介しよう。

D社は、他社同様マイレージプログラムを導入しており、優良搭乗者をいくつかのステイタスに分類し、それぞれに異なるサービスを提供している。D社が実施したステイタス別のCS調査結果からは、優良搭乗者のD社への満足度は非常に高いものの、優良顧客のほとんどは複数の航空会社を頻繁に利用するフリークエントフライヤーであり、他社でのステイタスもD社同様最も高いものであることが分かった。つまり、他社でもD社同様の「最高のおもてなし」を受けており、D社が少しでも気に入らなくなればいつでもスイッチしてしまう可能性があることが判明した。一方で、そのような優良顧客はビジネスシーンでの利用が多く、利用時のクチコミや評判は社内で共有されていることも分かった。そこでD社は、目先のサービスだけを見直すのではなく、顧客はいつ、どんなとき、何に感動し、どのように優良顧客になるのかを改めて調査することにした。

調査手順は以下のようなものである。まず、D社のデータベースの中から優良顧客を抽出し、顧客が自社を認知し利用するきっかけとなる「ブランディング」、マイレージカードを持つことになる「エンゲージ」、その後に継続利用する「リテンション」、家族や同僚にD社を推薦する「インフルエンス」など、いくつかのフェーズにおいて事前の期待値と実際の利用によって得られた充足度を計測し、どのフェーズにボトルネックとなっている課題や想定外の喜びがあるのかを定量的に明らかにした。あわせて、極度に利用頻度の高い顧客や、長年ステイタスを維持し続けている顧客など、特徴的な顧客に直接インタビューを行い、不満や喜び、驚き、感動の具体例を詳細にヒアリングして把握した。

CDI調査から、D社の顧客は、同じような社会的立場の人から「D社の最高ステイタスを持つといかに便利か」をクチコミで知り、実際に最高ステイタスになった際に得られるメリット、すなわち優先予約、購読紙の確保、優先アップグレードなどが、いかに神経をすり減らす出張時の手間を煩わせないかを実感し、感動することで再び同僚にクチコミするという構造を把握できた。

また、本来冬は暖かいおしぼりを配布するところ、暑がっている自分には氷で冷やしたおしぼりを持ってきてくれた、疲れきった顔をしていたら、そっと労いの言葉をかけてくれた、現地の美味しい店を教えてくれたなど、マニュアルにはない臨機応変なキャビンアテンダントの気遣いが彼らの心に刺さることも分かった。逆に、不満は少ないと思われていたマイレージカードの入会時に、コンタクトセンターのコミュニケータの応対が丁寧すぎて冗長、慇懃無礼で温かみがないという印象を持たれているという事実も把握できた。

D社では、このCDI調査結果に基づき、感動を与えられる接客を目指したキャビンアテンダント教育方針の見直しや、意外と喜ばれやすい機内食の企画を進めることになった。さらに、入会時にコンタクトセンターのコミュニケータが使用するトークスクリプトの見直しとトークスキル研修などを行った。

以上、CVIとCDIの内容と重要性について説明してきたが、これまでのCRM戦略やCS活動においても、LTVやCSIなどの成果管理指標の設定と運用の重要性は再三にわたり指摘されてきた。しかし、現状の企業においては、KPIの計測はおろか、各種施策のKPIの定義・設定すら放置されていたり、指標自体が形骸化し、「勘と経験」による場当たり的な施策を乱発していたりするのが実情ではないだろうか。

ダブルファネルマーケティングにおけるCVIやCDIも同様の末路を辿らないとは限らない。CVIやCDIを測定しPDCAサイクルを回していくための組織体制や情報環境をいかに整備できるかで、ダブルファネルマーケティングの成否が分かれるといっても過言ではないだろう。

  • PDCAを推進するタスクフォースと分析デスク
  • アナリシス(分析)からシンセシス(統合)へ
  • KPO(ナレッジプロセスアウトソーシング)
  • おわりに

PDCAを推進するタスクフォースと分析デスク

ダブルファネルマーケティングを実践に移そうとすると、企画と運用、プロモーションとサポート、デジタルデバイスとリアルチャネルなど、従来は別部門で管理されていた複数の業務領域が必然的に絡み合い、社内で混乱や軋轢、停滞を招くことが予期される。

そこで部門間の認識をすり合わせて相互調整を図り、全社的にPDCAサイクルを回していくためには、様々な業務領域の担当者同士が横断的に連携できるタスクフォースのような組織体制が必要になる。この種のタスクフォースの役割は大きく3つある。

1つ目は、「プロジェクトマネジメント」である。ダブルファネルマーケティングを推進するプロジェクト全体のタスクや役割分担を整理し、課題管理表や進捗管理のためのマスタースケジュールを作成し、関係者を定例会などの形で召集して情報共有や業務連携を推進していく役割が求められる。経営層やステークホルダーなど、社内に対する報告・調整業務もこれに含まれる。

2つ目は、「大きなPDCAサイクルを回すためのガバナンス」の役割である。KGIやKPIを設定し、定期的にCVIやCDIを測定・検証することで戦略方針の見直しや予算配分の全体最適化を推進する。また、業務プロセス全体のボトルネックを把握し、問題がある業務領域の担当者に原因の解明と改善策の遂行を促す。

3つ目は、「小さなPDCAサイクルを回すためのガバナンス」の役割である。恒常的にAOCやVOCをリスニングし、ターゲット顧客やメディアプランの見直し、Webサイトや店舗の導線の改善、レコメンドルールや訴求メッセージのチューニング、サポートナレッジの拡充やインフルエンサーとの関係構築などの地道な改善活動を推進する。

最終的にこの種のタスクフォースは、ダブルファネルマーケティングが軌道に乗った段階で全体を統括する正式な専門組織へと移行し、業務の集約やアウトソーシングの活用による効率化を図ることが望ましい。実際に、DellやCoca-Colaなどの海外におけるソーシャルCRM戦略の事例を見ると、自社の取り組み状況や業務の発展段階にあわせて、組織体制を柔軟に進化させていることが窺える。これらの企業においては、まずは部門ごとにソーシャル関連業務のノウハウを蓄積し、必要に応じて他部門の担当者と情報を共有するタスクフォースを設置することから始めている。その後、業務ボリュームが増加して複数部門間の情報連携ニーズが高まると、各部門の担当者が集結した「ソーシャルメディア専門チーム」へと体制を移行し、重複した業務や情報共有の効率化を図っている。

例えば、Dellではグローバル拠点間で情報を集約するニーズが増えてきた状況を踏まえ、多言語対応可能な「ソーシャルコマンドセンター」を構築し、全社を統括できる体制に進化させている。また、Coca-Colaでは、企業全体で取り扱う情報量が膨大になった状況を踏まえ、システムコストや人的リソースの効率化を図るべく、タスクフォースの一部の機能をアウトソーシングしている。日本でも、トランスコスモスが渋谷本社にソーシャルメディアセンターを開設し、ソーシャルCRMの戦略立案から運用・監視に至る一連のプロセスをすべて一括受託するアウトソーシングサービスを展開している(図2-19、図2-20)。

図2-19 トランスコスモスのソーシャルメディアセンター
図2-20 ソーシャルメディア運用イメージ

問題は、このようなタスクフォースや専門組織を、企業内のどこの部門が主導していけば良いかである。もちろん企業の内情によって様々なケースがあり得るが、ソーシャメディアのような新種のチャネルが関係してくるためか、初期段階では、その類の前衛的な取り組みを行っている部門が推進役を担うことが多い。具体的には、EC/Webマーケティング関連部門やCRM/ダイレクトマーケティング関連部門がソーシャル関連の戦略を推進しているケースが多く見られる。また、コーポレートブランディングやCSRを預かる立場から、広報部が全社の取りまとめ役を担うケースも見られる。

しかし、コンタクトセンターや店舗をはじめとするリアルチャネルとの連携やシステムインフラの整備も視野に入れたとき、最終的には経営企画室などの全社を見渡せる部門か、マーケティング戦略全体の企画・管理を担うマーケティング統括部のような部門が主導していくことが望ましいように思われる。現実的には、企業の実情に合わせた段階的な組織展開プランを描くことが求められるだろう。

ここでタスクフォースや専門組織が果たすべき役割について、補足しておくべきことがある。それは、大きなPDCAサイクルと小さなPDCAサイクルを回していくための、AOC/VOCデータを分析する機能である。「勘と経験」や「気合と根性」に頼った属人的で非科学的なオペレーションではなく、データが示す事実に基づいた組織的で科学的なオペレーションを推進・改善していくには、「データ分析力」が不可欠だ。

AOC/VOCデータの分析に基づいて業務推進・改善力を高めるため、タスクフォースの下部組織に分析専任者を設置し、様々なデータベースを組み合わせて分析するケースが増えている。本書では、こうしたタスクフォース内の分析専門部隊または担当者のことを「分析デスク」と呼ぶ。

DellやAmerican Expressなど、積極的にソーシャルメディアを活用している企業では、ソーシャルメディア上の外部データと顧客データベースなどの社内データとを連携し、データを統合・加工・集計・分析・共有することで、既存顧客に対するCRM施策に加え、新規見込み顧客の開拓に向けたソーシャルCRM施策のPDCAサイクルを回している。

既存顧客向けの施策では、顧客がソーシャルメディアに登録・投稿する最新のプロフィールや趣味嗜好などのデータを既存の顧客データベースと紐付け、会員登録時に取得した属性情報などをアップデートしている。その結果、「個客」のライフシーンに応じたキャンペーン情報や適切なサポートを提供し、既存顧客のロイヤルティを向上させる効果を生み出している。

一方、新規見込み顧客向けの施策では、既存顧客の友人やブランドページの訪問者のデータを新たに収集し、既存の優良顧客にプロファイルが類似している潜在顧客を分析、抽出することで、商品・サービスへの関心や購入確率が高いと予測される、すなわちポテンシャルの高い潜在顧客のリストを生成している。結果、プロモーション施策のコンバージョンレートが高く、CPOの安価なターゲットに適切にアプローチできるようになり、企業の営業活動の効率化につなげている。

アナリシス(分析)からシンセシス(統合)へ

注意を促したいのは、タスクフォース内に設置した「分析デスク」において行う「分析」は、個々の業務領域で行う従来ながらの分析と一線を画すということだ。

分析(アナリシス)とは本来、分析の対象となる、あるデータソースを正しく「分類」し、詳しく「解析」することである。だが、「個客が主役」を信条とするダブルファネルマーケティングの分析においては、「分析(アナリシス)」の対義語にあたる「統合(シンセシス)」がより重要視される。分析(アナリシス)とは、現状把握のために「正しい知識」を得るための手法であり、対する統合(シンセシス)とは、事後のアクションのために正しさというよりは「役立つ知恵」を得るための手法ということができる(図2-21)。

図2-21 分析(アナリシス)と統合(シンセシス)

従来の分析手法においては、アンケートやPOSデータなど、対象となるデータは基本的に一つ(シングルソース)であった。分析対象となる母集団データに統計的なバイアスが発生しないよう計画的にデータを収集し、可能な限り大きなN(=データの件数やサンプルサイズを意味する専門用語)を確保することで誤差を最小化し、統計的信頼性を担保することが求められた。

しかし、ダブルファネルマーケティングにおいては、顧客があらゆるチャネルにあらゆるタイミングで接触し、アクセスログのような定量データやユーザーコメントのような定性データが、様々な形式で様々なデータベースに残されていく。したがって「分析デスク」で行う「分析」は、そうした時空間を飛び越えた様々なマルチソースのデータを、企業側の都合で細切れにするのではなく、統合(シンセシス)してつなぎ合わせ、「個客が主役」の信条に則り「個客軸」で一連の顧客の行動プロセスと態度変容をタイムラインで観察することが求められる。

「個客軸」のプロセス分析の代表例としては、ターゲットプロファイリングリサーチが挙げられる。これは、顧客データベースやWebアクセスログのデータマイニングに、アンケートやインタビューなどのマーケティングリサーチを組み合わせた調査手法である。

昨今の情報技術の発展により、顧客属性や購買履歴などのデータベースの顧客IDと、WebサイトのアクセスログデータのIPアドレスを、メールアドレスなどを媒介として結合し、どんな人がどの経路で何をどのくらい購入したのかを分析できる環境が整い始めている。そうした統合データベースを用いれば、RFM分析やクラスター分析といった顧客セグメンテーション分析を行うことで、顧客の属性や行動のパターン別に購入確率や来店回数の高いターゲット顧客層を解明できる。

しかしながら、顧客データベースやアクセスログのようなトランザクション型の「集まるデータ」をどれほど精緻に分析しても、その顧客が「なぜ」その経路で自社サイトを訪れ、「どんな」心理で「どうして」その商品を購入したのか、あるいは購入しなかったのかといった理由・原因データ(コーザルデータ)を得ることは困難である。もちろんトランザクションデータの中にも、購入動機やキャンペーン反応履歴、アンケートの回答など、理由・原因について示唆を与えてくれるデータが含まれている。しかし、一般的にトランザクションデータベース内のコーザルデータ(原因・理由や心理・動機の情報)は、欠損率が高く精度の低いデータであることが多く、そこから得られる動機や心理の考察は仮説や推論の域を出ないことがほとんどである。

そこで、マーケティングリサーチによる「集めるデータ」の調査が、新たに重要性を帯びてくる。顧客セグメンテーション分析に基づき実際に注目すべき行動や反応を示したターゲット顧客層のリストを抽出し、電話やメールでリクルーティングした調査対象者にアスキング型のアンケートやインタビューを行う。アスキングによって、ターゲット顧客の購入動機や深層心理をプロファイリングすることで、トランザクションデータの分析結果から導き出した仮説や推論を検証・具体化していくことが可能になる(図2-22)。

図2-22 ターゲットプロファイリングリサーチと活用プロセス

「個客軸」のプロセス分析を行う際には、ある一時期、一時点の行動や心理をプロファイリングするだけではなく、新規顧客が優良顧客になるまでの一連のプロセスをタイムラインで分析することも重要である。このようなタイムライン志向の分析の際に有効な手法として、カスタマージャーニー分析がある。

カスタマージャーニー分析では、様々なデータベースを「個客軸」でつなぎ合わせ、顧客体験のタイムラインをAOC/VOCデータから観測する。その結果、個客が過去にブランドに接触したタイミングやチャネルを洗い出し、商品の価値を体験・実感し、共感や感動を覚えてリピーターになり、どんなクチコミを発信したのかといった一連のプロセスを把握することができる。すると、あらかじめデザインしたコミュニケーションシナリオに沿って望ましいジャーニーを辿った個客もいれば、想定外のシナリオを辿った個客も出現することがわかる。

ここで注意すべきは、ボリュームゾーンを占める主要ターゲット顧客層の「想定内の成功事例」の観測結果から成功法則を導出するだけでなく、むしろサンプルサイズの小さい「想定内の失敗事例」や「想定外の成功事例」にも目を向けるということだ。「想定内の失敗事例」の観測結果からは、どこで何が成功への道程を阻んだのかを究明するボトルネック分析を行い、今後に向けた課題と対策が導出できる。また、注目すべき特性や行動を示す少数の個客による「想定外の成功事例」の観測結果からは、潜在顧客の共感・支持を集める可能性を秘めた新たな価値観についての仮説や新規開拓に向けた施策のアイデアを導出できる。このような想定外の成功パターンを辿る少数の個客を「ニューエキセントリック」と呼ぶ。

カスタマージャーニー分析では、主要ターゲット層やニューエキセントリックから調査すべき個客を数人ピックアップし、1:1のデプスインタビュー(深く掘り下げたインタビュー)やセグメント別のグループインタビュー、またはエスノグラフィ(行動や発言のジャーニーを観察する定性調査手法)によって、ターゲットプロファイルシートやペルソナシートを作成する。

ペルソナシートは必ず作成しなければいけないというものではないが、無機質な数表やグラフのレポートではなく、「関東在住の山田太郎さんの履歴書やエピソード集」のような体裁のペルソナシートを作成する方が、ターゲット像やその深層心理を具体的に施策実行部門でイメージしやすくなり、キャンペーンなどの施策立案や広告、セールストークのメッセージ開発など、事後のアクションプランニングが容易になる。またペルソナシートには、ターゲット顧客の似顔絵や人物像とともに、調査・分析結果から得られた具体的な顧客体験のタイムラインやエピソードも記載すべきである。さらに、共感・支持を集めやすい価値観・世界観のキーワードを併記しておくと、事後のブランディングやインフルエンス施策の立案の際に便利である。

従来の調査・分析は、専門家にしか分からないような統計学や調査法の教義(ドグマ)に過剰なまでに囚われた結果、膨大な時間やコストを費やして分析結果を手にしたものの、タイミングを逸してしまっていたり、肝心の事後のアクションにつながらなかったりすることが多々あった。だが、身体や生命に関わる医療・薬事系の高度な調査・分析や、1%の金利変動で数億円の影響が発生する金融工学ならばともかく、簡易的なアンケート調査やキャンペーン効果測定において、統計的信頼性に過剰反応することは必ずしも正解ではない。そもそも多くの人々が誤解しがちであるが、サンプルサイズが大きいことによって得られる効果は、あくまで分析結果の誤差が小さいというだけのことであり、サンプルサイズが大きいこと=役に立つ情報というわけではないのだ。実際のビジネスシーンにおいて「1ヵ月かけて得た、信頼度は95%だが、実は役に立たない分析アウトプット」よりも「2~3日かけて得た、信頼度は50%だが、示唆に富んだ分析アウトプット」を重視する場面は少なくない。

さらにいえば、そもそもデータの見方として、出現率や構成比の大きい事象のみに注目するということがナンセンスである。施策立案や業務改善に役立つ新しい知見を見出したいのであれば、出現率や構成比が3番手・4番手の事象に注目するほうが有意義な知見を得られることが多い。例えばNが大きいということは、出現率が高いありふれた事象であり、調査や分析をしなくとも既知の情報であることが多いことを意味している。分析結果から商品開発や施策立案につながる新しい知見を得ようとしているのであれば、むしろサンプルサイズが小さいレアな事象にこそ目を向け、その事象が発生した原因やプロセスを洞察し、その背後に潜む消費者の価値観・世界観や深層心理に関するインサイトを深めるべきである。

極端な話、仮にサンプルサイズがN=1であったとしても、そこに潜在的な多数の消費者から「共感」を持ってもらえる可能性を秘めた価値観(ヒューマンユニバーサルという)が認められるのであれば、サンプルの大小に囚われず直ちにアクションを起こすべきである。厳密な統計的信頼性を論じるよりも、スモールスタートでテストマーケティングを行い、仮説検証と業務改善を繰り返し、PDCAサイクルを加速させるほうが遥かに建設的なのである。

  • KPO(ナレッジプロセスアウトソーシング)
  • おわりに

KPO(ナレッジプロセスアウトソーシング)

現在、スマートフォンやソーシャルメディアの普及に伴い、デジタルデータの総量は急激に増加した。いわゆるビッグデータ時代の到来である。2011年のデータ発生量は年間1.8ゼタバイトに達したほか、2020年には年間35ゼタバイトに及ぶという試算もある。

2012年2月にIBMのCEOであるVirginia M. Romettyが発した「あらゆる産業で、データをどれだけ使いこなせるかが勝者と敗者を分ける」という言葉が示すように、現代はこのようなビッグデータをどれだけ使いこなせるかで勝敗が決まる時代である。実際、IBMの「Global CEO Study 2010」の統計によると、世界を代表するグローバル企業のCEOが今後5年間で重視する取り組みのトップ3に「情報分析力の向上」を挙げている。

しかしながら、闇雲にビッグデータを集積し、単に分析を繰り返すだけでは勝者になることはできないだろう。そもそも「ビッグデータ」というワーディングが誤解や錯覚を招きやすい。「ビッグ」という言葉のために、今まで以上に大規模なデータを扱うことで統計的信頼性の高い分析を行うという印象を持たれやすいからだ。

だが、そもそもビッグデータとは単に大容量データという意味ではない。本質的には膨大であるがゆえに多様性・希少性・経時性・非構造性を持った様々なデータベースの集合体として捉えられるべき概念である。野村総合研究所の定義によると、狭義のビッグデータとは3V(Volume:量、Variety:多様性、Velocity:発生速度・更新頻度)の面で管理が困難なデータのことである。より広義な意味では、それらを蓄積・処理・分析するためのBI技術のことを指す。さらに広義の意味では、データを分析し、有用な意味や洞察を引き出す人材や組織も概念として内包する(図2-23)。

図2-23 ビッグデータの定義

ビッグデータを使いこなすためには、社内外に散在する膨大・多様なデータベースをハンドリングし、BIシステムに集積・連結する必要がある。その上でデータを収集・分析・活用する一連の業務プロセスをガバナンスし、現状把握を重視した従来通りの分析(アナリシス)だけではなく、事後のアクションを重視した統合(シンセシス)によってデータのポテンシャルを最大限に引き出す。そして、統合・分析で得た有益なナレッジを関係部門に共有し、施策立案や業務改善への活用を推進する。ビッグデータを有効活用するためには、以上のようなプロセス全体をコーディネートできるマルチな人材が不可欠になる。そのような人材を「データサイエンティスト」と呼んでいる。

データサイエンティストは、まず経営層や現場の担当者が抱えるマーケティング課題を理解する。その上でデータに基づき現状を正しく整理し、関係者と議論を重ねながら課題解決のための仮説や施策案を導出する。さらに、施策を実行するための関係者へのガイダンス、実行時の運営状況のモニタリングを行い、事後に効果測定に基づいて仮説検証し、ネクストステップに向けた改善点を明らかにする。このようなPDCAサイクルを繰り返すことで企業収益の拡大に貢献する。

データサイエンティストに求められる能力は多岐にわたる。とくに重要なスキルとして、上述した自社のビジネスの現場運用を含む現状とプロジェクトのゴールを正しく理解するスキルに加え、「ITスキル」「統計スキル」「プロジェクトマネジメントスキル」といった3つの異なる能力が求められる。しかし、日本は欧米諸国に比べ、この3つのスキルを兼ね備えた人材の絶対数が極めて少ないというのが実態である。さらに、最新のマーケティング理論や業界トレンドに関する知識、Webやコンタクトセンターのオペレーションなど、運用現場での業務改善経験もデータサイエンティストに必要な能力として求められる。そして、日系企業のターゲット市場が国内のみならずグローバルに拡大している昨今では、語学力や異文化理解などの「グローバル対応スキル」も要求され始めている。

そのようなマルチスキルの人材を自社のリソースだけで賄うことは至難の業だ。データサイエンティストを内部で調達・育成できない場合は、知的業務委託、即ちKPO(Knowledge Process Outsourcing)と呼ばれるアウトソーシングベンダーを活用することも選択肢の一つとして考えるべきである。野村総合研究所の定義によると、KPOとは、コスト削減をKGIとした単純業務の委託が中心だった従来のBPO (Business Process Outsourcing)に対し、データの収集・加工や分析・示唆の提供を中心とした付加価値創造型の委託事業のことを指す(図2-24)。

図2-24 KPOとBPOの違い

KPOは英語圏を中心とする海外市場で拡大を続けており、とくにインドではGenpactやInfosys、EvalueserveといったKPO関連企業の成長が著しい。これらのKPOベンダーは、時差や賃金の格差を有効活用して、欧米や日系のグローバル企業から調査・分析・BI関連業務のアウトソーシングを一括で受託運営している。IBMの「Global CMO Study 2011」の統計によると、現在、顧客データ分析で外部パートナーを活用しているグローバル企業のCMOは12%程度であるが、今後3~5年で外部パートナーの活用を拡大させようとしているCMOは92%にのぼることが分かっている(図2-25)。

図2-25 CMO(Chief Marketing Officer)外部パートナーの活用の統計

日本でもトランスコスモス・アナリティクスが、国内や東アジア地域を中心にグローバルなKPOサービスを展開している。トランスコスモス・アナリティクスでは、アンケート調査/グループインタビューなどのマーケティングリサーチ、データ/テキストマイニングやアクセスログ解析などのデータアナリティクス、ビジネスインテリジェンスや顧客管理システムの開発・導入などのデータベーステクノロジー、Webマーケティングやコンタクトセンターのオペレーショナルナレッジなど、あらゆる調査・分析関連業務のノウハウを組み合わせ、より付加価値の高いKPOサービスを提供している(図2-26)。

図2-26 トランスコスモス・アナリティクスの紹介
◇◇◇

おわりに

「物が売れない時代」といわれて久しいが、世帯年収が減少する中、伊藤忠経済研究所の『Economic Monitor 2012/5』によると、個人の消費支出は2011年上半期が底で、以降は増加傾向にある。一方、経済産業省の電子商取引実態調査によると、2011年のBtoC EC市場は約8.5兆円、対前年比108.6%と高い成長率を維持している。

中国にGDPで抜かれたとはいえ、日本はいまだ世界第3位の経済大国なのである。「物が売れない」というのは企業側の身勝手な嘆きであり、消費者目線で捉えると「欲しいものがない」というのが現状ではないだろうか。その証拠に、この厳しい経済環境下でも増収増益のBtoC向けメーカー、小売、サービス提供企業が存在する。すべての企業が減収減益というわけではない。そして、個人の消費支出が増加傾向にあることを鑑みると、「欲しいものがない」というのは「欲しいものと出会う機会がない」ということの裏返しではないだろうか、

現代経営学の父、ピーター・ドラッカーが語るように「究極のマーケティングは、セリングを不要にするもの」である。単にプロモーションやキャンペーンで「物を売る(=セリング)」のではなく、「物が売れる仕組みを作る」ことにこそマーケティングの本質がある。世のマーケターは「物が売れない」と嘆く前に、消費者に対して本当に自分たちが「欲しいものと出会う機会」を作り出せているのか、自問自答しなければならない。

本書で提唱している「ダブルファネルマーケティング」はまさに、消費者が共感や感動を覚えるようなポジティブな「体験」を作り出し、その「体験」をクチコミという形で共有・拡散させることで、消費者が「欲しいものと出会う機会」を生み出そうという考え方に基づいている。

昨今のソーシャルメディアの拡大により、クチコミの影響力が飛躍的に高まったことで、消費者コミュニケーションの主役は企業から「個客」へと移行した。このようなソーシャル時代の市場環境変化に適応するための統合マーケティング戦略が、ダブルファネルマーケティングである。

ダブルファネルマーケティングの具体的な進め方としては、まず既存顧客の共感・感動体験のクチコミを新規顧客に共有・拡散させることで、ブランドに対する「信頼」や「納得」を形成する。それによってマーケティング施策やCRM戦略のKPI(認知度・受注率・継続率など)を底上げするような好循環を生み出す。結果、顧客資産価値(CVI)や顧客感動(CDI)を最大化し、企業と消費者の間にWin-Winな双方向のコミュニケーションが生まれることを究極のゴールに据えている。

ダブルファネルマーケティングの成功の鍵を握るのは、企業の「データガバナンス」力である。顧客の行動(AOC)や発言(VOC)のデータを収集・分析・活用しPDCAサイクルを回すには、その推進役を担うデータサイエンティストの育成や、知的業務の効率化に向けたKPO(Knowledge Process Outsourcing)の活用が不可欠である。

また、ダブルファネルマーケティングに関わる者には、データや分析に対する考え方についても発想の転換が求められる。従来のような「統計的に正しい知識」を得るための分析(アナリシス)に終始せず、社内外の膨大かつ多様なビッグデータの統合(シンセシス)をもっと重視すべきである。なぜなら、出現率の低いレアケースの行動/発言のタイムラインを観察し「個客」のインサイトを深めることが、クチコミの源泉となる「感動体験の創出に役立つ知恵」を得ることにつながるからである。

本書は、このような新しい時代のマーケティングやCRM戦略、およびデータ分析の理論と技法を、国内外の事例を交えて体系化したものである。本書の内容の一部でも、読者が今後のマーケティングのあり方について考え実行する際の参考になれば幸いである。

とはいえ、ダブルファネルマーケティングはいまだ発展途上の理論であり、国内外に完璧な成功事例があるわけではない。ダブルファネルマーケティングに興味のある読者の方は是非、弊社までご連絡を頂きたい。ともに世界に通用する成功事例を創り、皆様と一緒にマーケティングの世界のイノベーターとなることが私達の切なる願いである。なお、トランスコスモス・アナリティクス株式会社の会社概要は、以下のURLを参照頂きたい。

http://www.trans-cosmos.co.jp/transcosmos-analytics/

末筆になるが、トランスコスモス・アナリティクス株式会社の設立に多大なご尽力をいただいた故・奥田省三氏(元トランスコスモス株式会社特別顧問)と、本書の出版にご尽力いただいた株式会社リックテレコムの山本浩祐氏以下、編集部の皆様には心からの感謝の意を表し、本書の締めくくりとさせていただく。

トランスコスモス株式会社
常務執行役員 兼
トランスコスモス・アナリティクス 代表取締役社長
河野 洋一

  • ダブルファネルマーケティング
  • トランスコスモス・アナリティクス 著/北出大蔵 編
  • ISBN 978-4897979106
  • リックテレコム 発行

この記事は、書籍『ダブルファネルマーケティング』 の内容の一部を、Web担の読者向けに特別にオンラインで公開しているものです。

マーケティング、CRM、データ分析の観点からソーシャル時代に適応するための処方箋

ソーシャルメディアの拡大により、クチコミの影響力が飛躍的に高まり、消費者コミュニケーションの主役は企業から「個客」へと移行しています。ダブルファネルマーケティングは、このような時代の変化に適応すべく、既存顧客の共感・感動体験のクチコミを新規顧客に共有・拡散することで、認知度・受注率・継続率などを底上げするような好循環を生み出し、顧客資産価値や顧客の感動を最大化していくための統合マーケティング戦略です。

その戦略の成功の鍵を握るのは、企業の「データガバナンス」力。顧客の行動/発言データを収集・分析・活用しPDCAサイクルを回すには、その推進役を担うデータサイエンティストの育成や、知的業務の効率化に向けたKPO(Knowledge Process Outsourcing)の活用が不可欠です。また、データや分析に対する考え方についても発想の転換が求められます。従来のような「統計的に正しい知識」を得るための分析(アナリシス)に終始せず、社内外の膨大かつ多様なビッグデータの統合(シンセシス)をもっと重視すべきでしょう。なぜなら、出現率の低いレアケースの行動/発言のタイムラインを観察し「個客」のインサイトを深めることが、クチコミの源泉となる「感動体験の創出に役立つ知恵」を得ることにつながるからです。

本書は、このような新しい時代のマーケティングやCRM戦略、およびデータ分析の理論と技法を、国内外の事例を交えて体系化したものです。

この記事の筆者

編者紹介

北出 大蔵
トランスコスモス・アナリティクス株式会社
主席コンサルタント

一橋大学経済学部卒。2002年トランスコスモス(株)入社。現在トランスコスモス・アナリティクス(株)で、調査・分析に基づくCRM/ダイレクトマーケティングのコンサルティングに従事。健食通販アウトバウンド最適化事例で、Contact Center World Awards 2006の世界最優秀賞受賞。主な著作として「アウトバウンドの本」(リックテレコム)など。趣味は夏フェス、美仏巡礼。

執筆者一覧

監修 河野 洋一/益村 勝将/竹内 陽
第1部 西田 征史/滝沢 浩司/海津 紗代子/國場 初音
第2部 東 直良/青木 志保/瀬川 隆志/服部 早希
第3部 篠田 洋輔/波多江 浩之/開地 祐子/鍋田 匠伴
事例集 トランスコスモス・アナリティクス(株) メンバー一同

協力

慶応義塾大學 政策・メディア研究科 特別招聘教授 夏野 剛
トランスコスモス(株) 所 年雄/調査部/サービス企画部
トランスコスモス・グループのみなさま
お客様企業およびパートナーのみなさま

テーマ別カテゴリ: 
記事種別: