世界中に数多あるマーケティング関連本。どれを読めばマーケティングが分かるようになるのか。何から読めばマーケティングを理解しやすいのかを見極めるのは大変困難です。
「いっそ、あのマーケターの本棚をのぞき見できたら良いのに……」
そんな願いを実現したのが、連載「マーケターの本棚」です。今回はアドビでユーザーコミュニティに注力している松井真理子(まつい・まりこ)さんに、B2Bのマーケティングを行う上で感銘を受けた2冊を紹介してもらいました。
<プロフィール>
松井真理子:新卒で半導体の商社に入社。B2Bのメールマーケティングを担当し、13年勤務。2013年、セキュリティソフトウェアベンダーに転職し「Adobe Marketo Engage」の導入プロジェクトに参画。2020年3月にアドビに転職し、デマンドジェネレーションからカスタマーマーケティングまでAdobe Experoence Cloudのマーケティング全般を担当。入社以来、ユーザーコミュニティ活動に注力している。
ときに対立する営業を知ることがマーケティングの成功には大事
『チャレンジャー・セールス・モデル 成約に直結させる「指導」「適応」「支配」』
著者:マシュー・ディクソン&ブレント・アダムソン
私はずっとB2Bのマーケティングを担当していて営業経験はありません。しかし、社内で営業と円滑にコミュニケーションをとるためには、営業の気持ちや営業という仕事をきちんと理解するのが大切だと考えています。
ときに対立することがありますが、それはマーケターとして営業にこうしてほしいと思っているのに対し、営業は営業で彼らの役割を達成するためのプライオリティがあるから。自分が思った通りに動いてくれないのには、理由があるのです。
B2Bの営業のことをしっかり理解したい、そう思って読んだのがこの1冊です。
本書は、全世界で4年間に90社6000人を調査し、売れる営業、理想の営業とはどういうスタイルなのか解明しています。2023年、社内でインサイドセールスのトレーニングに参加した際、本書の内容を軸にした研修を受けたことをきっかけに読みました。
本書は、多くの人が「こういう営業が売れる営業だ」と感じていることを、調査や研究の結果という形で示した上で覆しているのが素晴らしく、キャリアの浅い人からリーダークラスの営業まで、どんな人が読んでも色々な気づきが得られると思います。
特に「顧客ロイヤリティの主な促進要因」を表にまとめた箇所は非常に分かりやすく役に立ちました。顧客ロイヤリティの主な促進要因は営業体験が最も多く、全体の53%を占めます。ほかはコストパフォーマンスが9%、製品・サービスの提供が19%、企業のブランドインパクトが19%とのこと。
いくら価格や製品が良かったり企業ブランディングのインパクトがあったりしても、営業と接したときの体験が良くないと顧客ロイヤリティには結びつかないという結果が示されています。
お客様との体験をより良いものにしないと顧客ロイヤリティには結びつかないというのは、マーケティング活動も同じではないでしょうか。
アドビの製品は価格勝負をしていません。マーケター自身の成長やお客様に届ける顧客体験をより良くすることが大事だという想いを乗せて販売しています。だからこそ、自分たちの発言や信念に責任を持ち、より良い顧客体験をお客様に届けることが重要なのだと、この表を見て痛感しました。
また「顧客に商談直結型の指導をせよ」という箇所は、マーケティングの手法も似通っている部分があると感じました。
まず、まったく新しいインサイト(購買意欲)をお客様に提供する。次にそのインサイトの効果を明確にし、自分たちの問題として捉えさせる。3番目にそのインサイトに従って行動する最善の手段として自社のソリューションを紹介する。「売れる営業はこの3ステップでお客様と接している」とあります。
私たちもウェビナーやブログ、セミナーなどを通して、新しいインサイトをお客様に提供し、自分ごと化してもらう。最終的にアドビに相談してみようと行動に移すきっかけを創出する。そういう形で作られるのが良いコンテンツなのだな、と非常に参考になりました。
現状を壊して動いてくれる隠れたキーマンを探せ
『隠れたキーマンを探せ! データが解明した 最新B2B営業法』
著者:マシュー・ディクソン、ブレント・アダムソン、パット・スペナー、ニック・トーマン
次に紹介する本書は、前述の「チャレンジャー・セールス・モデル」の調査につながると同僚に教えてもらって読みました。「チャレンジャー・セールス・モデル」は営業のモデルを説明していましたが、本書ではお客様のモデルを説明しています。
マーケターはタイトルの通り隠れたキーマンを探さなければいけません。例えば、頻繁にコンテンツにアクセスして資料をダウンロードしたり、セミナーにも参加したりとアクティビティが活発な人は、果たしてキーマンなのか? という話が書かれています。
お客様には「ゴー・ゲッター」「スケプティック」「フレンド」「ティーチャー」「ガイド」「クライマー」「ブロッカー」と7つのタイプがあります。その中で組織的行動の推進に及ぼす効果が高いのは「ゴー・ゲッター」「ティーチャー」「スケプティック」の3タイプ。
「フレンド」は文字通り営業と友達のように会話が弾み、時間を割いてくれるのですが、組織内であまり行動しないタイプなので、アプローチする相手を間違えてはいけないという話が書いてあります。
本書では、キーマンとなる3タイプをまとめて「モビライザー」と称しています。「彼らの現状維持の考え方(A)を壊して、望ましい考え方や行動(B)に変えてもらわないといけない」とあり、これが私にはかなり響きました。
新しいツールを導入しても、いまやっていることをそのまま乗せ変えるだけでは何も変わりません。モビライザーはこういう風に変わっていきたいという理想があり、社内でもいろいろと推進して動いてくれる人たちですが、マーケターは「Bに行くには今のAをまず壊さないといけない」と彼らにきちんと説明する必要があります。
人はどうしても現状維持をしたいというバイアスがあり、それが強い人は何をいくら言ってもなかなか動いてくれません。そのため、まず顧客タイプを見極めコンテンツを出していく必要がある、というのに非常に感銘を受けました。
また、調査データに基づいてお客様や営業のタイプを明らかにしているため、購買に関わるモビライザーたちを動かすためには何をしなければいけないのか、施策を検討する上で参考になっています。
日本にはB2Bマーケティングをがっつりと語っている本はあまりないので、B2Bマーケを実践している人には経歴を問わずぜひ読んでいただきたい1冊です。
お客様を知るにはお客様と交流するのが成功のカギ
今回、紹介した2冊は対になっているような内容で、B2Bマーケティングを実践している人は両方読むとお客様や営業の解像度がぐっとあがってくると思います。そして「自分の周りでこのタイプはこの人だ」と当てはめてみると良いでしょう。
マーケターはコンテンツを作る際にペルソナ設計をします。その際、モビライザー向けに作る必要がありますが、モビライザーが誰か想像するためには、普段からお客様と話していないとなかなか出てこないし、解像度が上がりません。
解像度を上げるためには、普段から営業の商談に同席したり、セミナー開催時にお客様と交流したりしてみると良いでしょう。空想のペルソナをつくるのではなく、このタイプはあの人、目指したい方向や野心はこういうもの、など考えながらコンテンツをつくった方が良いものができるし、成果もついてきます。
また私は、デジタルマーケティングを推進しているからといって、ずっとデジタルの世界にいてはいけないと思っています。
お客様が自ら困っていることや課題を教えてくれることはほとんどありません。お客様と実際に話すことで、その人がどういうタイプで、何を目指していて、何に困っているのかを知るのです。
1人のお客様を詳しく知って、その人の悩みを解決するようなコンテンツをつくろうと思って進めると、結果的にたくさんの人に届くはずです。
B2Bマーケティングでは間に営業がいるため、お客様とは話す機会がなかなかありませんが、どんなことをしてでも話しにいった方が効果的な施策のアイデアが浮かんでくると思います。定量(データ分析)に加えて、定性(お客様の声)をかけ合わせることで、ご自身で検討したコンテンツの確からしさを確認してみるのはいかがでしょうか。
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