「〇〇と言えば?」“真っ先に思い浮かぶ企業”になるマーケティング戦略とは?
「もはやリスティング広告では、差が出なくなってきている」と話すのは、トライバルメディアハウスの池田氏。池田氏は、短期的なCPA至上主義から抜け出し、中長期的な売上を上げるためには「想起」が重要だと語る。価格競争に巻き込まれずブランド指名買いされる商品は、ニーズ顕在時に真っ先に思い出してもらえる第一想起ブランドだ。「Web担当者Forum ミーティング2023 秋」のセッションでは、第一想起、最低でも想起集合(想起TOP3)に入るためのプレファレンス(好意/選好)の高め方について、その全容と構造を池田氏が解説した。
もはやリスティング広告では差がつかない
電通の「2022年 日本の広告費」によるとインターネット広告媒体費は2.5兆円まで成長し、そのうち約40%が検索連動型広告、いわゆるリスティング広告に使われている。なぜ、広告主はリスティング広告に多くの費用を投下するのか?
ニーズが顕在化している『いますぐ客』を、効率的に収穫するのに最も長けた手段がリスティング広告だからです。逆に、ディスプレイ広告や動画広告など、リスティング広告以外の広告をなぜやるかといえば、リスティング広告より短期的な獲得効率は悪いながら、(最終的には)リスティング広告よりも多くの顧客を獲得できるから。リスティング広告よりも『いますぐ客』を効率的に収穫できる広告施策はないので、皆やっているんです(池田氏)
各社がしのぎを削る中、もはやリスティング広告では差が出なくなってきている。どこで競合と差をつけるのか。「中長期的な売上を上げるための最重要KGIは想起だ」と池田氏。顧客が何かを必要としたその瞬間、どれくらいの順位で会社や商品、ブランドを思い出してもらえるかが重要だ。認知度ではなく、想起率だ。
1つの施策をやれば売上が上がる万能施策は存在しない
「売上が足りない」ということはよく聞くが、売上は単なる結果。アウトプットとしての売上は直接コントロールできない。飲めば誰でも健康になる、万能薬的な健康薬が存在しないのと同じで、この施策をやれば売上が上がるという万能施策は存在しない。
症状に応じた治療を行い、個々の症状が解決すれば健康になる。売上もこの構造と同じだ。テレビCMを行うと、認知があがる。パブリシティに出ると、好意や信頼や興味喚起ができる。Webサイトによって、理解が促進できる。購入意向を短期的に高めたいなら、販促で高める。それらの施策の結果として、売上が上がる。
全ての一個一個の施策は、何かの病気を個別に治していて、全部治ると健康になる。つまり、売上が上がるということです(池田氏)
施策から入らず、因果を構造化して、問題を明らかにする
施策の効果がでない原因は、病気と飲む薬が間違っているからだ。どの病気に何の薬を飲むべきかを考えるときに、因果を構造化し、何が原因かを明らかにする必要があるが、どこに問題があるかを特定することは簡単ではない。池田氏は因果構造を理解するために、ダイエットを例に説明した。
体重は、摂取カロリーよりも消費カロリーが多ければ痩せる。食べる量をコントロールし、摂取カロリー以上に運動すれば痩せるのは明白なのに、それでもダイエットが難しいのはなぜか。単純な因果関係ではなく、上記の図のように因果が構造的になっているからだ。
企業のマーケティング課題も同じだという。自社の予算投下量、競合の動向など、要因は構造的につながっている。ひとつのことをすれば、全体の課題が解決するという単純な因果関係にはならない。因果を構造化して解きほぐし、最初に優先順位を高く時間とお金を使って解決するところを明らかにしないと、飲むべき薬は決まらない。
この業界のよくないところは、医者が診断を間違うだけではなく、患者(事業主)が医者(広告代理店やコンサルティング会社)に『今、話題の流行っているあの薬をください』と薬を買いに行ってしまうところ。医者が『あなたの飲むべき薬は診察してからじゃないと決められない』と言ってくれればいいのですが、『こちらです。いま売れていますよ』と売ってしまう。薬(施策)から入らず、因果の構造化をして、まずは病気を明らかにしてください(池田氏)
リスティング広告は「いますぐ客」に有効な手法
この論に立つと、「テレビCMを行ったから売れた」「ソーシャルでバズったから売れた」という単純な図式は描けない。全業界に共通する売上の因果構造をなんとか概念図化できないかと考えた池田氏が、著書『売上の地図』(日経BP社)で示したのが以下の図である。なお、初版出版時の内容から改良がされ、現在は“バージョン3”になっているとのこと。
池田氏は、顧客は「いますぐ客」と「そのうち客」の2種類がいると説明する。どちらもほぼ文字通りの意味で、今すぐ買ってくれるか、今は必要がないがいつか買う客、という分け方だ。冒頭で池田氏が触れたように、リスティング広告は、「いますぐ客」を効率的に獲得するのに優れた手法である。
将来的に買う可能性があるが、「いま」欲しいわけではないのが「そのうち客」だ。商材によって購入するタイミングは、年に1~2回、数年に1回買うのか、濃淡がある。
家のドライヤーや掃除機が問題なく動いているときに広告を見ても、多くの人は『今は要らない』とスルーします。耐久商材、専門商材、買い回り商材と言われる商品にとって、客はほぼすべて『そのうち客』になります。ターゲット外ではなく、タイミングが今じゃないだけ(池田氏)
しかし、家電が壊れてすぐにでも買い替えたいとなると、「そのうち客」は一瞬にして「いますぐ客」へと変わる。
「そのうち客」の育成が競合との差別化につながる
「いますぐ客」がとる行動は検索だ。リスティング広告は「いますぐ客」にアピールするため効果的な施策だが、リスティング広告の誕生から20年。リスティング広告はやったら勝てる施策ではなく、やらないと負ける施策になっている。では、差別化につながる施策は何か。それが、「そのうち客」の育成だと池田氏は言う。
ドライヤーが壊れたときに、『ドライヤー 売れ筋』『ドライヤー 機能』で検索するのではなく、『パナソニック ドライヤー』と検索する人がいます。この第一想起を獲得したい(池田氏)
「いますぐ客」だけにマーケティングをしても、手遅れの可能性すらある。ニーズが顕在化する前から、勝負ははじまっているということだ。
想起の最大化に取り組むことがマーケターの仕事の意義
売上の因果構造の図で、売上は「トライアル売上」と「リピート売上」に分けられることを示したが「トライアル売上」と「リピート売上」の売上の方程式が以下の図だ。
マーケターの努力で、売上を上げることができる変数のうち、最も注力すべきなのは、想起率と配荷率だ。日本の人口を増やすことはできないし、1個しか買わない人に2個買わせるのもコントロールが難しい。顧客が購買行動を起こす前に、どれだけ想起させられるかが、マーケティングの最大の目的になっていく。
売り場の配荷率も重要だ。顧客が「買いたい」と思っても、近くの店ですぐ買えるなり、ECサイトで注文できなければ、商機は逃げていく。ただ、広告・PR・SNSなどを担当するマーケターは、職責的に売り場展開に携われない方が多いだろう。となれば、想起の最大化に取り組むことが仕事の意義となるだろう。
「想起集合」は「●●と言えば?」で思い浮かぶ3つ
想起にはいくつか段階がある。それを示したのが次の図だ。たとえば、あなたが連休を使って、近場の温泉に行こうと考えたとする。その時、どの温泉地が頭に思い浮かぶだろうか? 思い浮かんだ温泉地の候補が、以下の図の「想起集合」にあたる。
まさにトーナメント戦のような図だが、右上に行くほど購入確率は高くなる。はじめの段階は「知名段階」で、知っているか・知らないかだ。知らない商品は買わないので、知られていることが重要だ。次の段階は「処理段階」だが、これは商品の特徴をある程度理解しているかだ。次が一番重要な「考慮段階」で、「想起集合」は「●●と言えば?」と言われたときに思い浮かぶ3つだ。その中でも、1番に想起されるのが「第一想起」だ。
トライバルメディアハウスの調査によると、一部の例外を除き、第一想起ブランドがトップシェアブランドだという。この「想起集合」に入らないと、ほとんど勝負にならないということだ。なお、「保留集合」は4位以下で、「拒否集合」は商品やブランドを理解した上で、買いたくないと思われているものだ。
『第一想起になったから売れた』のではなく、『トップシェアだから第一想起になった』と考える人もいるだろう。鶏と卵の問題だが、結論を言うと、両方とも当てはまる。
『ダブルジョパティの法則』と言い、南オーストラリア大学のマーケティング サイエンス教授、バイロン・シャープ氏によって提唱されたものです。トップシェアの商品は購入者がそもそも多いのだから、リピート購入も増えます(池田氏)
想起を上げるには、プレファレンスを上げることが重要
では、どうやって想起を上げていけばよいのか。「想起を高める施策はない。想起は結果なので結果を向上させるためには何かのインプットをしなければならない。そのインプットがプレファレンスだ」と池田氏。
プレファレンスは、価格、ブランド・エクイティ、製品パフォーマンスの3つからなる。この3つによって、プレファレンスが変動し、プレファレンスが上がると、想起が上がり、売上が上がるという関係だ。
プレファレンスとは何かというと、日本語で言うと好み、好意、ひいきといった意味になる。ユニバーサル・スタジオ・ジャパンのV字回復の立役者として知られるマーケター・森岡毅氏はプレファレンスを「サイコロの目が出る確率」と表現している。たとえば、あなたが年間で30本、ペットボトル飲料を買うとする。この時、あなたは店や自販機の前で、無意識にサイコロを振っていて、サイコロで出た目が想起され、購入しているというイメージだ。
目が出る確率は均等ではない。自社製品を買う目が出るのか、A社か、B社なのか、出る目の確率はプレファレンスを構成する価格、ブランド・エクイティ、製品パフォーマンスに影響を受ける。池田氏が詳しく解説していった。
価格
価格は高くなればなるほど、プレファレンスは下がる。たとえば、いい製品であっても価格が高いと日常的に購入できないのでプレファレンスが上がらず、想起されないので購入されない。価格は低い方がプレファレンスは上がる。ただ例外として、プレミアムブランドや、ラグジュアリーブランドは価格が下がると逆に売れなくなる。
ブランド・エクイティ
ブランド・エクイティは人によって定義が分かれるところだが、池田氏は、ブランド論の大家であるデイヴィッド・アーカー氏による定義を紹介し、以下の図を示した。
アーカーの定義ではブランド認知、知覚品質、ブランド連想、ブランドロイヤルティ、その他資産の総和がブランド・エクイティである。いわゆる、認知や、ブランドに紐付いたキャラクターやコンテンツから連想される幅が厚ければ厚いほど、プレファレンスに好影響を与える。
製品パフォーマンス
製品パフォーマンス(性能や使い勝手)は、多くのマーケターが商品の企画・開発・改善に直接関わることが少ないので悩ましいと、池田氏。しかし、プレファレンスにおける製品パフォーマンスの影響は大きい。良い製品であれば良いレビューが書かれ、悪いと悪いレビューが書かれる。レビューは、商品の購入を本格的に検討している顧客に大きな影響を与える。
製品パフォーマンスは価格設定と同様、担当部門が異なるため、広告・PR・SNS担当などが介入するのは難しい。よって、マーケティング・コミュニケーションの担当者が影響を与えることができるのは、ブランド・エクイティだと池田氏。ブランド・エクイティの「認知」「知覚品質」「連想」を上げることによって、プレファレンスを上げ、想起を上げ、売上に影響を与えるのが、広告・PR・SNS担当者のできることだ。
「そのうち客」の育成がCPA効率につながる。ぜひトライを!
プレファレンスを高める方法は、頻度を上げること。これに尽きる(池田氏)
プレファレンスが想起に影響するように、プレファレンスに影響を与えるのは広告、PR(パブリシティ)、そしてソーシャルメディアである。「やるべきことは、広告、PR(パブリシティ)、SNSをどう活用するかだ」と池田氏。
では、プレファレンスを高めるために具体的にはどのようにしたらよいのだろうか。前段の話として、池田氏はD2C、ダイレクトマーケティングの分野で顧客の分析に用いられる「RFM分析」を紹介した。顧客のRecency(最後の接触日)、Frequency(接触頻度)、Monetary(購入金額)をチェックして、どの顧客が自社で大事にすべき顧客かを分析するのに用いられる。たとえば、「最後の接触日は1年前で、接触頻度は不定期、昨年年間15万円購入した顧客A」よりも「最後の接触日は先月で、接触頻度は月に1~2回、昨年は5万円、今年は10万円購入した顧客B」がロイヤルティが高い顧客だと判断することだ。
プレファレンスを上げるために、池田氏が提案するのはRFMならぬ「RFE」だ。
- Recency:最後の接触日
- Frequency:接触頻度
- Engagement:感情が動いた回数や深度
RecencyとFrequencyは変わらない。最後の接触日は今日や、昨日が有利であり、接触頻度は多ければ多いほどよい。MonetaryをEngagementに変えているのがポイントだ。感情が動いた回数や深度を重視する。
『そのうち客』の育成に努めれば、プレファレンスが高まり、想起につながり、ニーズが顕在化したときに、顧客は製品やブランドを指名検索し、買ってくれる。そうなれば、全体におけるCPA(顧客獲得単価)は下がっていくはずです。ぜひ、皆さんトライしてみてほしい(池田氏)
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