「仕事に行き詰まったら“人”を見る」アクセンチュアのマーケコンサルが大切にしている「生活者視点」とは
上司から「企画100本ノック」を課されてもまったく企画が浮かばない。新人時代にそんなもどかしい経験をしたことはないだろうか。
アクセンチュアのシニア・マネージャーの松原 陽氏は当時を振り返り、「あのときの自分に『商品ではなく、人を見なさい』とアドバイスしたい」と語る。
そんな松原氏は今「ライフ起点のマーケティング」を実践しているという。松原氏のキャリアや仕事に関する4つのマイルールについて聞いた。
人や生活を大切にしたら、仕事の質が変わってきた
ルール1新たな知見を得られる挑戦をしていく
松原氏は新卒で総合広告代理店に就職し、セールスプロモーション部署で働いていた。当時はとにかく企画を出す日々で、いわゆる企画100本ノックのような課題を出されていたという。
企画100本はさすがに難しくて頑張っても3〜4つしか出ません。そんなもどかしい日々でした。今振り返れば、Aという商品を売るための企画を考えているときは、商品のことばかり考えていました。しかし、商品のスペックやメリットの話だけしてもお客様には響きません。
『Aという商品を使うお客様はどんな人で、その人はどう思うのだろうか』と俯瞰する視点が欠けていました。あのときの自分に『商品ではなく人を見て企画を考えなさい』とアドバイスしたいですね(松原氏)
総合広告代理店に4年ほど勤めた頃、企業はWebサイトをもち解析するようになり、SNSが流行りはじめた。「今後はデジタルに関する知見や経験が必要だ」と考えた松原氏はデジタルエージェンシーに転職する。Webサイトの制作やデジタル広告の運用などを5年経験した。そこで、自分のやりたいことが変わってきたことを認識したのだという。
エージェンシーは、すでにある商品やサービスをどう広めていくかという戦略を考えます。しかし、企業がなぜその商品やサービスを開発したのか、企業はどうありたいのかということに関心をもつようになったのです(松原氏)
ちょうどその頃、松原氏はアクセンチュアの人材募集を知った。広告業界からコンサルティング業界への転職は大きなキャリアチェンジに思えるが、なぜそのような選択をしたのだろうか。
コンサルティング業界で経営戦略などに関わることで、クライアントと新たなサービスを立ち上げたり、マーケティング以外の領域も含めてビジネスに貢献できたりするのではないかと思いました(松原氏)
総合広告代理店からデジタルエージェンシー、そしてコンサルティング業界へ。未経験で専門的な業界へのチャレンジをする転職だといえる。その原動力はどこにあるのだろうか。
未知の業界への転職を恐れる人もいるかもしれません。しかし、僕にとっては新たな知見を得られることが刺激であり、喜びでもあります(松原氏)
ルール2一人十色、ライフ起点でユーザーを多面的に捉える
松原氏は現在アクセンチュアのソング本部に所属し、大手製造業メーカーのマーケティング支援を行うプロジェクトの横断リーダーを務めている。仕事をするうえで大事にしていることが「ライフ起点でユーザーを捉える」ことだという。
商品を購入してもらいたいと考えると、ターゲットをどうしても『購入者』として捉えがちです。しかし、商品の購入だけでなく、購入後にどう使うのか、一日をどんな風に過ごすのかなど『一人の生活者』として捉えることを大事にしています。人はさまざまな顔をもっていて『一人十色』です。多面的にお客様を捉えることで施策の幅が広がり、質も上がっていきます(松原氏)
ライフ起点でユーザーを捉えた場合、施策はどのように変わるのだろうか。松原氏はECサイトで靴を販売しているA社を例にして語る。
靴の通販でサイズが合わなかった場合は、返品して別の商品を受け取る手間が何度も発生します。そこで、A社は顧客に近いサイズの靴を0.5刻みの3足を一度に送り、合わなかった靴を返品してもらう手法を取っていました。
しかし、ライフ起点で考えると最近はエコやSDGsへの関心が高まっています。これまでの方法に対して『毎回返品という仕組みは手間がかかるし、環境によくない』と思うお客様も増えていたのです。こうした観点から『このメーカーの靴ならこのサイズが合うのではないか』と購買情報を分析し、商品発送の仕組みを変えることで、1足だけをユーザーに届けられるようになりました(松原氏)
ユーザーを購買者としてだけでなく、どのような価値観やバックグランドのある人なのかを考える。人としっかり向き合う手法に、松原氏はマーケティングのおもしろみを覚えているのだという。
AI時代の今、人間がすべきことは何だろうか
ルール3人間とテクノロジーを共存させてビジネスを進める
最近では、一人の生活者が朝起きてから夜寝るまでの活動データを、さまざまな方法で入手できるようになった。マーケターが活用しきれないほどのデータが溢れている状況だ。そして、マーケティングにおいても「生成AIが進化していけば人間の仕事はなくなる」という話を聞くことが多い。こうした状況を、松原氏はどのように考えているのだろうか。
圧倒的な量のデータが存在するため、人ではなくテクノロジーによって解決できることは任せた方がいいと考えています。広告を見るターゲットに合わせて、どのような画像やメッセージで訴求するといいかまで、生成AIが導けるようになりました(松原氏)
海外では生成AIの活用が日本よりも進んでいる。松原氏が携わるプロジェクトでも導入を考えており、活用が進んでいるインドチームとディスカッションを行っているという。AIが実現できることが広がっている今だからこそ、人間がすべきことは何だろうか。
『自分たちがどうありたいか』というビジョンを考えること、倫理観や共感などの感覚は人間にしかわかりません。また、生成AIが作ったクリエイティブをそのまま使うのではなく、人間が見たときの違和感を大事にしたいと考えています。微調整を行うことで、クリエイティブに息を吹き込むことは人間にしかできません(松原氏)
松原氏に話を聞く中で、印象的だったのが「共存・共生・共感」という言葉だ。
人間とテクノロジーが物理的に一緒に存在することが共存であり、共存が続いていくと共生になり、そこから生まれる感情が共感だと考えています。
こうした考え方をもつようになったのは、学生時代に10カ月ニューヨークに留学した経験が影響しています。世界中からあらゆる人種が集まる街で暮らしたことで、人にはさまざまなスタイルがあり、それぞれを尊重すべきだと思うようになりました(松原氏)
週に一度は必ず千葉の海へ
ルール4一人の生活者としてライフスタイルを楽しむ
外資系コンサルと聞くと、ハードワークな働き方をイメージしてしまう。松原氏自身の生活スタイルを訊ねると「僕自身も一人の生活者として、ライフスタイルをめいっぱい楽しみたい」と語る。平日はアクセンチュアで働くビジネスパーソンであり、子どもが生まれたばかりの父親でもあり、長年サーフィンを愛するサーファーでもある。
それぞれの顔を楽しみながら、自由に過ごしていきたいと思っています。自由に過ごしている時間が実は仕事に役立っているんです(松原氏)
サーフィン好きは筋金入りで、週に一度は必ず千葉の海まで行くという。リモートワークだったときには、深夜3〜4時に東京の自宅を車で出発して、千葉でサーフィンをしてから帰宅して仕事をする日もあったほどだ。
僕の住んでいる街からサーフィンをする千葉までは、車で片道1時間半~2時間かかります。そして、サーフィンにはいい波を待つ『波待ち』の時間が付きもの。この時間が僕にとってかけがえのないものなんです(松原氏)
運転や波待ちをしている間はパソコンやスマホを開くこともない。ある意味、仕事から離れられる時間のように思えるが、実はこの時間に仕事に関するアイデアを思いつくことが多いのだという。
平日忙しく過ごしていると、頭の中はやらなくてはいけないタスクで常にいっぱいなんです。でも、週末のサーフィンの時間がそれらの整理をする時間になっています。今は仕事に重点をおいているので東京に住んでいますが、年齢を重ねたら変わっていくかもしれませんね(松原氏)
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