世界中に数多あるマーケティング関連本。どれを読めばマーケティングが分かるようになるのか。何から読めばマーケティングを理解しやすいのかを見極めるのは大変困難です。
「いっそ、あのマーケターの本棚をのぞき見できたら良いのに……」
そんな願いを実現したのが、連載「マーケターの本棚」です。今回は、さくらインターネットでマーケターを務める石井浩(いしい・ひろし)さんにおすすめの本を教えていただきました。
<プロフィール>
石井浩
新卒入社したコールセンターの受託企業を経て、2012年さくらインターネット入社。企画部、営業企画室でデータ環境の整備などを経験後、マーケティング部に異動。MAツール作成や体制変更などを実施。その後、営業部に異動し、リード獲得から案件化の仕組みづくり、セールス領域へのテクノロジー導入を推進。2022年10月にデータマネジメントを含むデマンドジェネレーション全般を責任範囲としたアカウントマーケティング部を発足。部長として組織運営中。
企画部からBtoBマーケティングの専門組織を率いるまで
私がマーケティングの仕事に携わるようになったのは、いまから6年ほど前のこと。その前は、サービス企画やプロジェクト管理などを行う企画部に在籍していました。
「日本企業には、マーケティング部門が存在しない、営業企画部門などがマーケティングの一部を担っていたりする」という話を聞いたことがあります。思えば私が企画部の次に在籍した営業企画室も、マーケティング組織ではないのにリードのデータ獲得から選別まで行いセールスに引き渡す「デマンドジェンレーション」の一部を担っており、商談管理や展示会などリードジェネレーションに近い業務を担当していました。
そして現在は新たにアカウントマーケティング部を発足し、営業企画室で一部担っていたデマンドジェネレーションを統括しています。2018年から「Adobe Marketo Engage」を、新しい仕事のやり方や組織づくりを並行しながら活用しており、2019年には「Marketo Champion」を受賞しました。
今回は、これまでの仕事で役に立った本を紹介したいと思います。
人の意思決定プロセスを知れば、社内調整や交渉もうまくいく
『ファスト&スロー(上下巻)』
著者:ダニエル・カーネマン/訳:村井章子
著者のダニエル・カーネマンは心理学者であり行動経済学者です。この本は「人の意思はどのようなプロセスで決まっていくのか」を説明した上で、「ファスト=直感」と「スロー=論理」の2つの意思決定システムを紹介しています。
この本によると人の思考は、素早く直感的に意思決定を行う「システム1」と、時間をかけて理論立てて決める「システム2」という思考システムに分かれているそうです。
時間をかけて決めるシステム2のほうが、システム1より優れていると思われる人もいるかもしれませんが、実はシステム2は怠け者で「バイアス」の影響を受けたシステム1の情報を受け入れ、時として客観的ではない判断をすることもあります。
代表的な例は「人は見たものが全て」という、直感的な意志決定であるシステム1による確証性バイアスの影響を受けた判断です。本書はこうした意思決定にまつわる理論や事例が豊富に記載されていて、業務の随所において参考になる情報が得られるのですが、私からは社内でのコミュニケーションや意思決定における例を紹介します。
例えば、社内で話をしていると「この会社にはこんなふうにアプローチしたらうまくいった」という話をよく聞きます。しかし他社への再現率はどうかといえば、あまり高くないことも往々にしてあります。
これは「こんな会社」という代表性のバイアスがかかっていると言えます。当初のイメージからの印象だけではなく、実体を理解し、実際にはどういう方法でアプローチすると良いのかを判断するのが大切です。
ここで重要なのとは「確率ではなく『こんな会社』という代表性に引っ張られ、その結果、確率的に少ない事例の話をしている場合がある」と認識することです。人はそういった性質を持っているのだと理解しなくてはなりません。
また、マーケターなら「成果を上げないと」とプレッシャーを感じる場面もあるでしょう。しかし人間は追い詰められるほど、なぜか非合理な選択や、明らかに確率が低いことを、無意識のうちにやろうとするそうです。
私はこの本を読んで、そこを自分の中で意識するようになったため、今は着実に成果が上がる方向を合理的に選ぶことを意識するようになりました。
この本には、社内調整や交渉においても参考になる情報もあります。参照点(Reference Point)の話もその1つです。これは利益と損失の判断を分ける基準点で、カーネマン氏が提唱する「プロスペクト理論」で出てくる概念です。
この本を読んで以来、人と交渉するときには参照点を意識し、その人に利益のある提案をしながらこちらの要望も通していったり、お客様との会話で費用対効果を明確にしながら話したりするようにしています。
BtoBマーケティング組織を社内に根付かせるならこの1冊
『BtoBマーケティング偏差値UP』
著者:庭山一郎(シンフォニーマーケティング 代表取締役)
私がBtoBマーケティングの解像度を高めるのに役立った本です。「これまでマーケティング部門がなかった企業」に対して「BtoBマーケティングの価値観」をインストールしていく必要性や課題、その方法が描かれています。
中でもインパクトがあるのが「営業の『俺の客』問題」です。マーケティングの力を使って売上/案件数を拡大しようとすると、担当営業から「俺の客なんだからマーケティング部が勝手にメールを送るな」と言われてしまった……。そんな経験をしたことがある読者もいらっしゃるのではないでしょうか。
この本でも書かれていますが、お客様はその担当営業と契約しているわけではなく、企業同士で契約しているので「俺の客」はあり得ません。ですが日本企業は、往々にして営業部門の発言力が強く、誰も逆らえないのです。庭山さんもそんな企業で、デマンドセンター構築の支援をしたものの、営業が強すぎて結局降りてしまったこともあるそうです。
これは、あくまで企業の根強い課題の1つを取り上げた事例です。もちろん、本の中身はそんな困った話ばかりではなく、解決法も説明されています。一番参考になったのは、デマンドジェネレーションについて説明している、第6章「コト売りとデマンドセンター」です。
現在のBtoBにおいて、購買はモノを売るのではなく、ソリューション/インサイト的な「コト売り」が主流です。モノ売りだと商品価格や納期が勝負になりますが、コト売りは課題解決型の提案になります。そのためモノ売りより長期にわたって取り組まなくてはなりませんし、顧客接点も従来よりも「早く」なります。
前述しましたが、デマンドジェネレーションとは、前段階から商品への関心度を高めていき、機会を生み出し営業部に購買の機会を渡していくという一連のプロセス/活動です。そんなデマンドジェネレーションの構成要素がリードジェネレーションとナーチャリング、クオリファケーションで、それを支えるのがデータマネジメントなのです。
実は、この本を読んで「営業企画室時代から現在まで、体系立ててはいなかったものの、これまでやってきたことは『デマンドジェネレーションを組織にインストールすること』だったんだ」と気がつきました。
この本を通して、自分のやってきたことやその目的が体系化されてしっかり言語化できたことが、それ以降の組織づくりにも大変役立っています。BtoBマーケティングを組織に根付かせたい方にぜひ読んでいただきたいです。
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そして余談ですが、ほかにも『コトラー&ケラーのマーケティングマネジメント』もおすすめです。私が読んだのは2014年に出た第12版ですが、現在の第16版はより新しい情報に更新されています。とても解釈が難しく、私はまだまだ読んでも解像度が上がっていないところもあります。しかし、マーケティングの基本となる概念などが網羅された、とても良い本なので機会があればぜひ。
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