「仕事ができるようになりたい」「生産性を上げたい」「リーダーシップを身に付けたい」――そう考えてネットを検索した人は、「Books&Apps」の記事を一度は読んだことがあるのではないでしょうか。Books&Appsは、運営するティネクト株式会社代表取締役の安達裕哉さんを筆頭に多くの書き手を抱え、ビジネスパーソンの琴線に触れる記事を続々と世に送り出しています。単純なノウハウの枠を超え、時には励まし、時には冷徹なビジネスの現実を見せつけながらも、読み手の心を捉えて離さない優れた内容が多く、SNSで数千から数万のシェアが付く記事もあります。
Books&Appsの記事は、なぜ多くの読者の心を捉えることができるのでしょうか。今回はティネクト株式会社取締役の楢原一雅さんに、Books&AppsがSNSで多くのシェアを獲得できる理由からマネタイズの方法まで、いろいろな話を聞きました。
(取材・文:Marketing Native編集部・早川 巧、人物撮影:海保竜平)
そもそも「中の人」が面白いと思っていないのでは?
――Books&Appsはオウンドメディアという位置づけでよろしいですか?
はい、そうです。
――そのオウンドメディアの閉鎖が話題ですが、どのようにご覧になっていますか。
人間に読まれていないんじゃないですか。
――人間に読まれていない!?どういう意味ですか。
もちろん他社のことはわかりませんし、個々のケースで当然事情も異なると思います。ですからあくまで推測で一般論を述べさせていただくと、SEO で検索上位を狙った記事が多いのではないでしょうか。その結果、PV数やセッション数が伸びたとしても、記事から簡単に売り上げ増につながるわけではないでしょうし、そもそもオウンドメディアを運営している企業の「中の人」が読んで面白いと感じていない可能性もあります。
オウンドメディアの運営はコストもかかりますし、しっかりとした成果につなげるためには、企業側も腰を据えて、中長期的に取り組むことが大切です。ところが、「中の人」自身が面白いと思っていないと、会議などで「オウンドメディアを始めたけど、なかなか成果が出ない」「費用対効果が低いからやめよう」という結論になりがちです。一方、読んで面白く、役に立つコンテンツを生み出せていたら、企業側も「価値のあるメディアを自分たちの力で作って、世の中に情報発信できている」「容易にできることではないし、潰してしまうには惜しい」と考えるのではないでしょうか。
――なるほど。オウンドメディア閉鎖の一因は、そもそも企業の「中の人」たちでさえ読んでいない、あるいは読む気が起きないコンテンツを作っているからではないかという仮説ですね。
あくまで推測ですし、個人的な意見です。ただ、オウンドメディア運営の目的は多くの場合、集客であり、そこから問い合わせや会員登録、さらに売り上げ増やサービスの拡大につなげることです。しかし、現実的にオウンドメディアの記事が売り上げに直結するかと言うと、なかなか難しいですし、Books&Appsもできているとは言えません。そうではなく、オウンドメディアを読むために集まってくる人たちに価値があると我々は考えています。コンテンツが良くない、面白くないメディアに読者は貴重な時間を割いて来てくれませんから、まずはコンテンツの質を上げること。面白くて、また読みたくなるような記事を作ること。それができていないと、遅かれ早かれ閉鎖の危機に見舞われると思います。紙媒体でも面白くない雑誌は休刊しますよね。それと同じことです。
体験談をベースにしたリアルさの追求がSNSのシェアを生む
――Books&Appsの記事はSNSで多くのシェアを獲得しています。読者の心を捉えるコツを教えてください。
いろいろな側面がありますが、1つ挙げられるのは10年以上、自分でブログを運用している人たちに書いてもらっていることです。最初からたくさんのファンを持っているわけですから、SNSでのシェアが多くなっても不思議ではありません。
もう1つは、レガシーなメディアではなかなか書けない、本当のことをブロガーが書いているからです。ネットでは皆、リアルさ、真実、本音を求める傾向があります。また、「このテーマでこういう内容を書いて」と我々が求めて、無理やり書いてもらっているわけではなく、「書きたいことを自由に書いてください」というスタンスなので、ブロガーも得意分野や興味のある内容を深く掘り下げて書きやすいのだと思います。
――リアルな現実、本音、本心、真実が書かれているから、多くの読者の心を捉えられるということですか。
真実が見える一番簡単なコンテンツは、ブログや日記だと思います。自分が体験したことをそのまま書いているわけですから、読者も特に怪しむことなく、本心、本当のことが書かれているという前提で読んでいるはずです。一方、マスコミの報道は基本的に、記者自身が体験したことではないので、「本当かな?」「バイアスがかかっていないかな?」と受け取られてしまうことがあります。その点、Books&Appsは書き手の体験をベースに、感想を率直に書いていますので、むき出しの感情が綴られています。その点もSNSで評価される理由だと思います。
――自分が体験して感じたことを率直に書くのがポイントということでしょうか。
必ずしもすべて体験談にする必要はありませんが、Books&Appsを見る限り、SNSで評価されやすいのは自分が体験したことをベースに書いたものです。読者の多くは忙しいビジネスパーソンですから、基本的には深く考えることなく、タイムラインに流れている記事をランダムにクリックして読んでいます。そのときに腹落ちされやすいのは、客観的で一般的な情報よりも、プライベートな視点で本音が掘り下げられた内容です。そのほうが具体性があってわかりやすいので、読者が共感しやすく、面白いと判断されるようです。
――安達さんの記事がまさにそうですよね。
安達の記事も体験談を入れていますが、ちょっとレベルが高くて、人の体験をさも自分の体験であるかのように書き、かつ説得力を持たせるという、もう1つ上のテクニックです。
――やはりそれは10年選手だからこそできることなんでしょうか。
そうですね。ライターの力量によります。「炎上しないように書く」「ロジカルに書く」「説得力を持たせて書く」――そうしたことができるのはライターの実力です。10年選手はいろいろな経験を積み重ねて自分のスタイルを作り上げてきましたので、どうすれば炎上しないか、どう書けば読み手の心を動かせるのか、ある程度把握しています。そういう人たちがBooks&Appsに書いているので、SNSウケが良くなっているのだと思います。
――ライターは何人くらいいるんですか。
Books&Appsでは20人ほどで、オウンドメディア支援のライターを含めると100人以上になります。
――すごいですね。どのように採用するんですか。
筆力があり、フォロワーを多数抱えているライターを探すのは本当に大変です。Books&Appsの場合、クラウドソーシングで探しても、まず見つかりません。Twitterや「はてなブックマーク」などを巡回して、良い記事を見つけたら交渉して…と地道に探しています。
「Googleの社員食堂」の記事は、なぜバズったのか
――最初からバズを狙って書いているんですか。
それはないですね。バズは結果論で、記事を公開するまではわかりません。ただし「なぜ記事がバズったのか」という分析はしています。
――具体的には?
バズで重要なのは、ライターの力量というよりも、多くの人が興味を持つテーマかどうかという点が大きいと思います。例えば、今年(2019年)非常にバズった記事がこれです。
画像出典:Books&Apps
タイトルは「Googleの社員食堂に感じた、格差社会のリアル。」です。「Googleの社員食堂」というだけで、気になってきませんか?(笑)
――確かに、社員食堂も意識高い系なのかなと思ってしまいます(笑)
この記事がバズった理由は 、Google の社員食堂に多くのビジネスパーソンが興味を持ったということ、ただそれだけです。もちろん、記事をクリックした後に読者が失望しないよう、書き手が実際に Google の社員食堂に行っています。しかもそのことを1行目に「つい先日、Googleにランチに行ってきた。」と書いています。この辺は1行目から読者を引き込むライターの力量です。
――タイトルに「格差社会のリアル。」とあるのは、読者のコンプレックスを少し刺激する意図もあるのでしょうか。
あると思います。といっても、肌感覚ですよ。タイトルはライターではなく、編集側で全部書き直していますが、これはうまいですよね。「Google の社員食堂」というだけでピンときて、ついクリックしてしまう。これを「IT企業の社員食堂」と書いたら、もう台無しです。
――逆にバズらない記事は、やはりタイトルが良くないのでしょうか。
これは同じ書き手が「Google の社員食堂」の1週間ほど前に投稿した記事ですが、こちらはバズりませんでした。
画像出典:Books&Apps
「ほとんどのネットサロンはお金を出して電子ゴミを買う場所。」というタイトルですが、これではバズるわけがないです。
――なぜですか。
「ネットサロン」といわれても、ほとんどの人は知らないじゃないですか。まして「電子ゴミ」なんて、特定の人にしか刺さりません。わかる人にはわかりますよ。私は「ああ、あの人のことを書いているんだな」とすぐにわかりましたから面白く感じましたが、それはごく一部の人たちなので、バズは起こらないです。
――つまり、「バズる、バズらない」で重要なのは、多くの人に興味を持たれる話題を選ぶことであり、タイトルにも多くの人に刺さるバズワードを盛り込むことが大事ということですね。
タイトルは本当に大切です。SNSのタイムラインではタイトルが表紙のようなものですから、多くの人を引き付けるにはどんな言葉を選べばいいか、よく考える必要があります。
現在、多くのオウンドメディアのトップページはほとんど意味をなしていなくて、きれいに整えても、そこから訪問する人はほとんどいないのではないでしょうか。検索にしてもSNSにしてもサイトを訪れるのは記事からです。つまり記事がトップページなんです。読者にとってはメディアが何かということもあまり影響しなくなっています。Books&Appsであろうが、有名な経済誌紙であろうが、面白そうなタイトルが付いていて、期待を裏切らない内容であれば、読者はクリックしてくれるし、読んでくれるということです。
魂を売るような記事を書いたら終わり
――今、月間の PV数はどれくらいですか?
月によって異なりますが、140万から220万PVです。
――Books&Appsが伸びたのは、安達さんの記事を『ハフィントンポスト』さんに転載したらバズったからだと聞いたのですが、メディアを立ち上げたときはそういう露出の仕方も必要なのでしょうか。
そうですね。認知拡大に大きく貢献したのは『ハフィントンポスト』さんへの転載がきっかけだったのは間違いないです。ただし、決め手ではないですね。
――決め手は何ですか。
それはやはり、Books&Apps内で記事がいくつかバズったことです。結局は自分たちの力だけで記事がバズらないとメディアは伸びないし、ファンの獲得にはつながりません。Books &Apps立ち上げ後に手応えを感じたのは、外部の寄稿に頼らずとも、Books&Apps内の記事でバズが何回か発生し、View数がグングン伸びていったときです。
▲Facebookの「いいね!」が12万もついた記事があり、多くのビジネスパーソンから支持されていることがわかる。
画像出典:Books&Apps
――シェア数が1000以上に及ぶ記事が当たり前のようにありますよね。そこがすごいです。
それは記事が良いというだけではなく、最初からフォロワーを持っている人が書いているからです。安達もTwitterで1万3000人くらいフォロワーがいますし、コンテンツの質が高いので、一定数の人たちが継続的に来てくれます。ライターで、かつフォロワーをそれくらい持っている人はそんなに多くないので、そこがBooks&Appsの強みです。
――フォロワーを集めるまでが大変ですよね。
フォロワーを集めるためには、コンテンツを出し続けるしかありません。質の高いコンテンツを出し続けて、ユーザーを裏切らないことが大事です。
――ユーザーを裏切らないとは?
魂を売らないことですよ。商品を売るための文章を書いたらもう終わりです。面白いコンテンツだと信じて読者がクリックしたのに、期待を裏切って、「商品を買わせるための記事だったのか」と思われたら、その時点でオシマイじゃないですか。
――本当にそうですね。
宣言して書くなら別ですよ。「これはこの商品のPRのための文章です」と冒頭で謳ってから書くのであれば、読者を裏切る形にはなりません。私が言いたいのは、面白そうなコンテンツを提供すると見せかけて、実は商品のPRだったという記事を作っても、読者の離反を招くだけだということです。
――確かに有名なライターの中には、最初にPR記事であることを謳ってから書いている人もいます。でも、そのライターの書く記事は面白いし信頼できるから、PRであっても「面白そう」と思って読んでしまうんですよね。
そういう書き方なら読者を裏切る形にならないので、内容が面白ければ素直に面白いと思えるでしょう。「いろいろ書いてあったけど、結局宣伝か」「これは自分のために書かれた文章じゃないんだ」と思われないように、よく考えて記事を作ることが大切です。
Books&Appsのマネタイズの方法
――わかりました。次にマネタイズの話を教えてください。Books&Appsはどのように稼いでいるのですか。
これは難しい問題です。メディアは稼げないといわれますが、本当に稼げないですね(笑)
――やはりそうですか。
メディア単体で稼ぐのは非常に難しいと感じます。どのように収益化するか今も模索中ですが、1つ答えを見つけたのは、Books&Appsのオウンドメディアとしての機能を強化し、サイトを訪れてきた人たちを相手に「自分たちはこういうビジネスをしています」と告知することです。
――具体的にはどんなビジネスですか。
オウンドメディア支援です。要するにコンサルティングですね。
――Books&Appsでこれだけの実績がありますからね。
そうです。そのノウハウを売るということです。その答えにたどり着くまでは本当に大変でした。
――企業の PR記事の作成も請け負っているんですよね。そちらはどうですか。
PR 記事も作成しています。ただ、PR 記事はPR 記事で 、PR 記事を獲得するために営業をする必要があります。私はそういう方面の人脈を持っていなかったこともあり、今ひとつ効率が悪いと感じていました。
我々は定期的にセミナーを開催しています。セミナーの目的は当初、PR記事の販売で、確かにそこそこ売れてはいるのですが、競合がたくさんいる中で、月間200万PV程度の我々ではなかなか勝負できないし、PR記事の単価は1記事30万から50万円くらいに設定していたので、細々とやっていくならまだしも、事業化という点では不十分だと考えていました。
――確かにPR記事にしては、単価は高くないですね。
何か良いマネタイズの方法はないかと模索しているときに、オウンドメディアの作り方に関するセミナーを開いたら、驚くほど反応が良くて、大勢の方に集まっていただいたんです。びっくりしましたし、「これだ!」と思いました。ニーズがあるとわかりましたので、それ以来、オウンドメディア支援を事業の柱にしていこうと取り組んでいます。
――オウンドメディア閉鎖のニュースが相次ぐ一方で、これからオウンドメディアを立ち上げる企業もたくさんあると思います。立ち上げに不安を感じている企業の担当者に1つアドバイスするとしたら、どんなことですか。
ネットで集客をしたいのであれば、オウンドメディアの運用を始めるべきです。ネットの集客手段はリスティング広告やメールマーケティングなど限られていますので、オウンドメディアという有力なチャネルがある以上、やらない手はないと思います。
ほとんど更新されない企業のコーポレートサイトで集客するのは難しいですし、それどころか無名の企業の場合は、お客さんが「この会社、まだ営業しているのかな」と不安を感じることがあるかもしれません。サイトを何かしらの形で更新し続けるという意味ではオウンドメディアはとても効果的ですし、コーポレートサイトを持っていて、ネットで集客をしたい企業なら必要だと考えています。予算がないならないなりに、1週間に1本でも1カ月に1本でも記事をアップし続け、コーポレートサイトをメディア化するのがいいでしょう。
Books&Appsこそが自分たちのアイデンティティ
――最後に、Books&Appsをこれからどのように進化させていくのか、展望を教えてください。
展望などは特になく、Books&Appsに面白いコンテンツが常にあるという状態を保てれば、それで十分です。そのために我々は稼いでいるわけですから。
――そうなんですか!?Books&Appsで大きく稼ぎたいとかは…。
逆です。Books&Appsが我々の仕事のアイデンティティであり、これを生み出すために起業し、ここに面白いコンテンツを載せ続けたいからお金を稼いでいるんです。自分たちが読みたい物がBooks&Appsにあり、それを多くの人が読んで支持していただけるのであれば、最高じゃないですか。そんなコンセプトのメディア、聞いたことがないですし、それ以外に理由は必要ないと思います。
――それは素晴らしいメディアになるはずです。本日はありがとうございました。
Books & Apps
ティネクト株式会社(代表取締役・安達裕哉)のオウンドメディアで、「ビジネスパーソンを励ますWebメディア」をコンセプトとして2013年に立ち上げ。マネジメント、能力、生産性、マーケティングをはじめ、ビジネスに関するテーマを幅広くブログ形式で掲載。SNSで数千から数万のシェアを獲得することもあるなど、多くの読者から支持されている。読者の平均年齢層は30~40代。男女比は66%対34%。
https://blog.tinect.jp/
Profile
楢原 一雅(ならはら・かずまさ)
1975年、福岡県生まれ。広告デザイン事務所、東進ハイスクールを経て、安達さんとともにティネクト株式会社を起業。Books&Appsではデザインや営業を担当。
[記事執筆者] 早川巧
株式会社CINC社員編集者。新聞記者→雑誌編集者→Marketing Editor & Writerとして四半世紀以上のキャリアあり。Twitter:@hayakawaMN
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