大阪ガスが取り組んだ、日本企業でデータ分析専門チームを作り成功させる3つのポイント
一般企業においてデータ分析チームを立ち上げても、継続的に成果を上げていくことは容易ではない。大阪ガスで長らくデータ分析チームを率いてきた河本氏が、データ分析専門チームの作り方・在り方について解説した。
IoTやAIブームの中で、多くの企業がデータ分析の専門家や専門チームを設けて、「分析力を武器とする企業」を目指している。しかし、単発的な成果は出せても、それを継続していくことは簡単ではない。
アナリティクス アソシエーション(a2i)主催で4月18日に開催された「アナリティクス サミット 2018」に、大阪ガスで長くデータ分析チームを率いてきた河本氏が登壇。日本企業の体制や風土に融合させることが難しいと言われるデータ分析専門チームの作り方・在り方について解説した。
一般企業のデータ分析チームはなぜ難しいのか
2018年3月まで大阪ガス ビジネスアナリシスセンター所長を勤めていた河本氏は、4月からは滋賀大学データサイエンス学部教授へと転身し、若いデータサイエンティストの育成に取り組んでいる。
河本氏が率いていた大阪ガスビジネスアナリシスセンターは、情報通信部の内部組織で、9名の分析者が所属している。各事業部門や関連会社などさまざまな部署から予算をもらって分析する独立採算制が特徴で、年間20~30件のデータ分析プロジェクトを行う。
分析内容は多岐にわたるが、ここ数年はIoTを活用した業務効率化という案件が多い。例えば、故障診断や故障予知などにより業務効率化を図るものだ。
今は非常にうまく回っているビジネスアナリシスセンターだが、大阪ガスのような一般企業でデータ分析チームを作るのは簡単なことではない。企業内のデータ分析といえば、保険会社のアクチュアリーチームや製薬会社の臨床データマネージメントチームがあるが、それらとは立場が違うからだ。
保険会社や製薬会社の場合は、そもそもアクチュアリーチームや臨床データマネジメントチームがなければビジネスそのものが成り立たない。それに対して一般企業ではデータ分析専門チームがなくても事業自体が滞ることはない。また、アクチュアリーチームや臨床データマネージメントチームは、他の事業部門との分業が明確だし専門性も非常に高い。一方、一般企業では役割分担がはっきりせず、専門性もそれほど高くない。
つまり、一般企業ではデータ分析チームを立ち上げても、そのまま何も努力しなければ崩壊してしまうことが多いのだ。
一般企業でデータ分析チームを成功させる3つの努力ポイント
一般企業の間接部門であるデータ分析チームを崩壊させないために、大阪ガスでは以下の3つの努力を行ってきたという。
努力① 事業部と協業する
ビジネスの課題があり、そこから分析する問題を見つけて分析方法を考え、データを集めて数値解析し、その結果を知識として事業部門に使ってもらう。これがデータ分析部門の仕事だ。
大阪ガスでは、これらの流れのうち、下図で青く塗ってある矢印の部分がデータ分析チームの仕事だと当初は考えていた。もちろん、ただ計算するだけではビジネスは変えられないが、点線矢印の部分、つまり「ビジネス課題を分析問題に落とし込む」部分と、「得られた知識から意思決定を行う」のは事業部の仕事だと考えていたのだ。
ところが、事業部からはいつまでたっても「こういう課題があるからここを分析してくれ」とは言ってこない。また、分析しても、その結果を使ってくれない。そこで、チーム立ち上げ3年ほどで、点線矢印の部分も含めてデータ分析チームでやることを決意した。
分析問題を「解く力」だけでなく、ビジネス課題を「見つける力」と、分析で得た知識を「使わせる力」を持つ、フォワード型のデータ分析者を育てることにしたのだ。
先に述べたように、大阪ガスのデータ分析チームは、若干のR&D予算はついているものの、基本は独立採算制だ。例えば、営業部の業務改善に使えそうな分析が3人月かかると見積もったら、営業部にプレゼンし、実行すると決まればその人件費を請求する。
この方法には、利点が2つある。
ひとつは、どのプロジェクトに分析チームのリソースを投下するかという判断を事業部門に委ねることができる点だ。分析チームでは、工数を見積もることはできても、その分析がビジネスへどの程度のインパクトを与えるかはわからない。
もうひとつは、事業部内でデータ分析にかかる予算に見合うだけの効果があると上司に説明したからには、事業部の担当者も、成功して改革までいかなければという切迫感を持つことになる。事業部がデータ分析チームと同じ船に乗ってくれるというわけだ。
他方、事業部との協業には課題もある。まずは、手戻りが多く時間がかかることだ。データを分析するにあたり、データを集め、複雑な分析をするのには時間がかかるが、それに加え、現場の“KKD”(勘と経験と度胸)の壁や、費用対効果の壁も大きなハードルだ。
手戻りを減らすためには、「お題は正しいか?」「サクセスストーリーは描けるか?」をよく考える必要がある。また、最初からブラックボックスになってしまう機械学習を使うより、まずは現場の人にも分かりやすい記述統計レベルで意思疎通をすることも重要だ。
勘違いなどによる手戻りを減らすために、データ分析に着手した後も、少し進めては報告し、また少し進めては報告するというように、アジャイル方式で進めるといい(河本氏)
さらに、どれだけ分析しても、期待に応えられないこともある。後になって時間の無駄だったと後悔しないよう、分析を始める前に「これだけ努力してもだめだったら諦める」という撤退シナリオを現場と合意しておくことも必要だろう。
努力② 経営に貢献する
経営層から評価されるのは難しい。そのため河本氏はさまざまな努力をした。例えば、以下のようなものだ。
- 事業部の顔を潰さないように「推進した」は禁句。「支援」という言葉にとどめた
- 経営者視点でテーマを選定した
- 講演を行う、メディアで取り上げてもらうなどして、社外での知名度を高めた
努力③ メンバーの幸福を勝ち取る
大阪ガスアナリシスセンターの分析者は、大阪ガスに入社した理系の人間で、特別なエキスパートではない。データ分析は嫌いではないが経験が浅く、プロセス指向よりは目的指向の人が多い。
新入社員が配属された時には、「分析自体は難しくない」けれども、「現場の担当者が怖い」「失敗が許されない」「期限が明確に決まっている」といった、逃げようのないプロジェクトの担当者にするのが育て方の鉄則だ。
過酷なようだが、これをせずにただ分析だけをやらせると、学生から社会人への脱皮が図れない。また、先輩がいると頼ってしまうため、プロジェクトの担当は一人に任せる。
さらに、任せきりにするのではなく、以下の4つの問いで規律を守らせる。
- その数字に責任を取れるか?
- その数字から何がわかったか?
- 意思決定にどのように使えるか?
- ビジネスにどれほど役立ったか?
一方で、分析者は孤独なので、正しく褒めてモチベーションを上げるのもリーダーの仕事だ。「感心し」「傾聴し」「褒める」というテクニックでモチベーションを上げるように心がけている。
また、大阪ガスの人事異動は通常3年ローテーションだが、分析者の育成には時間がかかるため10年にしてほしいと、人事部長が交代するたびにかけあっているという。
ビジネス組織に対して、謙虚かつ媚びない姿勢
ビジネスアナリシスセンターが18年間で築き上げた財産のひとつが、「ミッション」だ。ミッションは言葉にすればいいというものではなく、個々のメンバーの心に響き、行動になってはじめてミッションになる。18年間でそれができあがったという。ビジネスアナリシスセンターのミッションは下記の通りだ。
高度な分析力と専門力を武器に、他社が容易に追従できないソリューションを、全社的かつ継続的に創り出し、経営陣が認知するほどの利益貢献するチームとして、当社の核心的な経営資源となる。
また、いくら分析してもその結果を使うのは人であり、現場の協力を得るには現場のハートを掴み、気に入ってもらわなければならない。そのためには謙虚な姿勢が大事だ。
もちろん、気に入ってもらうだけでなく、対等に話をする必要もある。現場は現場のプロで、分析チームは分析のプロ。互いがプロフェッショナルで尊重するといったカルチャーが18年間で生まれてきたという。
さらに、プレゼンテーションを大切にするカルチャーもある。プレゼンの目的は「正しいことをわかりやすく伝える」ことではなく、「次のマスに進むこと」だ。プレゼンを行う際には「何を勝ち取りたいのか」を自問自答し、目的意識を持って臨んでいる。
立ち上げ当初は便利屋だったが、徐々に担当者の信頼や組織の信頼を得て、今ではビジネスパートナーとして認識されている。それがビジネスアナリシスセンターの最も大きな財産だ。
リーダーに求められる能力とは
最後に河本氏は、リーダーに求められる能力についても触れた。
リーダーには、メンバーのモチベーションをマネージメントする能力が不可欠だ。
一般的に会社の仕事というのは、「やるべき仕事」がすでに決まっており、「やれる仕事」「やりたい仕事」はある程度満たされているという状況だ。
一方、ビジネスアナリシスセンターには、「やるべき仕事」というものは存在せず、自分たちで作ることができる。それがひとつの魅力だろう。「やるべき仕事」を広げ、スキルアップして「やれる仕事」も広げる。さらに視野を広げて「やりたい仕事」も広げれば、3つの積集合の部分が広がる。この部分の仕事をすれば、メンバーのモチベーションも上がる。
さらに、リーダーにとって一番難しいのは、社内タクティクスだと河本氏は言う。
データ分析というと綺麗事ですむように思われがちだが、それを活用するのは現場の人。現場が業務改革してくれるように現場の人を動かさなければならない。しかし、組織や担当者の利害関係やプライドが存在し、簡単には動かない。
河本氏は「目的が清ければ、手段は腹黒くていい」と言い、事業部の誰が一番の壁になるか、誰が賛成してくれるかを考え、協力者を作ってタイミングを見計らうことが重要だという。
「データ分析とまったく関係ないと感じるだろうが、一般企業で間接部門のデータ分析チームが企業を変えていこうと思うと、実はこういう力も必要なのだ。より詳細については、近著『最強のデータ分析組織 なぜ大阪ガスは成功したのか』(日経BP社)をご覧いただきたい」と河本氏は述べ、講演を締めくくった。
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