お客さま主語でアナリティクスのセンスを磨こう――カスタマージャーニーマップを描く3通りの手法
〈提言〉生き残りのためにハイテク企業になろう(続き)
お客さま主語でアナリティクスのセンスを磨こう
エクスペリエンスをジャーニー(旅)に準えてみる
生き残りのためにIT企業に生まれ変わる。このことはテクノロジー・ドリブン一辺倒の企業になれば良いということではない。IoT時代の企業のマーケティングのゴールは「近未来の予測と改善提案」によりお客さまのエクスペリエンスを豊かなものにし続けて行くことである。そのためには、お客さまの気持ちに寄り添い、お客さま主語でアナリティクスの「センス」を磨くことが必要になる。そのためには企業は何をしたら良いのだろうか。
著者が強くお勧めするのは「カスタマージャーニー・マップ」というツールを使い、お客さまのエクスペリエンスをマップ(地図)のような形で可視化する方法である。
エクスペリエンスをジャーニー(旅)に準えるのは、お客さまのエクスペリエンスが商品を買ったりサービスを使ったりした一時点で起きるのではなく、購入(使用)前・購入(使用)時・購入(使用)後の長い時間軸の中で起きるということ、お客さまのタイプ(顧客セグメント)が違えばエクスペリエンスのパターンもそれぞれに違う、という理由による。
カスタマージャーニー・マップを描く3通りの手法
「カスタマージャーニー・マップ」を描く方法は大きく分けると3通りある。
まず、最初に紹介する手法は、ワークショップ形式で定性的なアプローチにより「カスタマージャーニー・マップ」を作成するやり方である。
まず、顧客セグメントを代表する仮想のお客さま像である「ペルソナ」を設定する。そして、ペルソナが主人公の再現ドラマを作るようなイメージでお客さまのエクスペリエンスのプロセスを「ステップ」「コンタクトポイント」「行動」「気持ち」の4つの要素に因数分解して行く。特に「気持ち」の変化に着目しながら、でき上がった「カスタマージャーニー・マップ」を点検して行くとお客さまがイライラしたりガッカリしたりする「ペインポイント」(Pain Point:ペインとは痛みの意味)図4が発見できるはずだ。
「ペインポイント」はお客さまのエクスペリエンスの質を下げている元凶であり、往々にしてお客さまが商品やサービスの購入や使用を止めてしまう直接的な原因になっていることが多い。「ペインポイント」を解消するための施策(「サービスプラン」という)の導入が必要であり、この施策がワークしてお客さまがカスタマージャーニーの次のステップに進めるかどうかが、アナリティクスにおけるKPIやKSF(Key Success Factor)になりうるのである。
エクスペリエンスにおける課題を抽出するこの手法は、多視点で、綿密に設計された手順で行われるため、再現性の点でリアリティが高く、それゆえ説得力が高いものに仕上がるケースが多い。特に、お客さま主語でオンとオフ(デジタルとアナログ)両方の「コンタクトポイント」を網羅できるので適用範囲が広い、「コンタクトポイント」のない部分の「ステップ」「行動」「気持ち」も描き出すことができる、という2つの特徴はこの手法ならではの長所である。
データ・ドリブン・マーケティングからのアプローチとして有効な手法もある。まずウェブのアクセスログの参照元(リファラー)や閲覧行動、マウスの動きなどのデータから「コンタクトポイント」と「ステップ」を組み立て、次に回遊率やコンバージョンレートなどの購買行動に直結する指標からお客さまの「行動」や「気持ち」を推測する手法である。ウェブ上のお客さまの行動データと直結しているため、カスタマージャーニーの解析と定量的なKPI設定との親和性が高い点が優れている。反面、オンライン(デジタル)上の「コンタクトポイント」をひとつの単位としてカスタマージャーニーの「ステップ」と定義しているため、「コンタクトポイント」がない「ステップ」の発見やオフライン(アナログ)での「ステップ」「コンタクトポイント」を抽出するのが難しい。この欠点をカバーするためには「Q&Aコミュニティサービス(ヤフー質問箱、教えて!gooなど)」を参照したり、ユーザインタビューのような別の定性的なアプローチに頼ったりせざるを得ないという点には注意が必要だ。ネット通販型のビジネスのようにお客さまのオンラインのエクスペリエンスに軸足をおいたサービスの課題抽出に向いている手法と言える。
また、データ・ドリブン・マーケティングの手法にエクスペリエンス・ドリブン・マーケティングのエッセンスを注入した斬新な手法も登場している。
企業がお客さまに望む「気持ち」の変化(どんな人にどうなってほしいか)と具体的な施策との関係性(具体化のための図解)を可視化した「コンセプトダイアグラム」である。
「カスタマージャーニー・マップ」がお客さま主語で、「ステップ」「コンタクトポイント」「行動」「気持ち」を一気にパラレルに描いて行くのに対し、「コンセプトダイアグラム」は、まず、お客さまの「ゴール」とそこに至るまでの「気持ち」の変化のプロセス(知識量や動機を含む)の理想型を描き、次に企業主語でそれらを実現するための施策を描くという2段階の構成になっている。ちなみに、ダイアグラムとは「ビジネスの羅針盤として機能する図解・図表」という意味である。
お客さまの「気持ち」と企業側の施策との関係性がダイレクトに紐づけられることで、ビジネス全体を俯瞰した場合のウェブの位置づけやオフラインの施策との関連性が見えるだけでなく、ウェブ解析の領域で追うべきデータやそこで期待される示唆もクリアになるというのがこの手法の最大の強みである。
なお、「コンセプトダイアグラム」についてはこのメソッドを開発された電通アイソバーのCAO(チーフ・アナリティックス・オフィサー)清水誠氏による『コンセプトダイアグラムでわかる[清水式]ビジュアルWeb解析』(KADOKAWA/アスキー・メディアワークス 2015年)に詳しく解説されている。
以上、アナリティクスの「センス」を磨くためのアプローチとしてカスタマージャーニー可視化の3通りの手法を紹介して来た。お客さまのエクスペリエンスについて企業が直面している課題に応じて、再現性やリアリティを優先するのか、施策とKPI設定の一気通貫性を優先するかで、どのタイプのカスタマージャーニー・マップを採用するかということが決まって来る。
いずれにしてもお客さま主語でアナリティクスを語れるマーケッターが増えることで、企業内部で共通言語でのコミュニケーションがスムーズになり、戦略策定もスピーディにかつ的確になって行く。逆にビッグデータの活用とお客さま主語のアナリティクスをセットで語れない経営者がいるような企業は時代の流れから大きく取り残されて行く。
『IoT時代のエクスペリエンス・デザイン』
企業が立ち向かうべきもの
デジタルのテクノロジーの進化では泣く、お客さまの気持ちや行動の変化、つまりエクスペリエンスそのものの進化である。
企業はIoTに適応する前提として、マーケティングを企業主語の発想からお客さま主語の発想へと転換しなければならない。これは同時に、組織運営や企業文化の刷新を含む、大がかりな改革(企業の体質改善)を意味するのである。
エクスペリエンスは「場」から「時間」へ
生き残りのために、すべての企業はIoTで武装したハイテク企業へと業態を変革する必要に迫られる
もはやモノとモノの戦いではない
既存のサービス業はもちろんのこと、すべての製造業は新しい形のサービス業へと形を変える。
AIによるビッグデータ活用とアナリティクスにより、お客さまの近未来のエクスペリエンスの予測と改善提案が企業のサービスの根幹として提供され続けることになる。
いずれにしても変化の激しいマーケットでは市場の競争ルールをその手にしたものだけが生き残るのだ。
エクスペリエンスとエクスペリエンスの戦いになる
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