デジタル変革は、すでに「なぜ必要なのか」ではなく「どう実行するか」の時代に
「デジタル変革(digital transformation)を理解するのは大切なことだが、問題はそれをどう実現するかだ」――これは、テレグラフ・メディア・グループのコンテンツ副編集長を務めるアリスター・ヒース氏が、ある大規模イベントの冒頭で述べた言葉だ。
記事のポイント
- 顧客の根本的なニーズは変わっていない。変わったのは、サービスの提供方法に対する期待だ
- 大企業がすばらしい“資産”を持っていながら、自分たちでもその“資産”の存在に気づいてないことが多いことに、私はいつも驚かされる
- コールセンターは、顧客からの問い合わせを受ける。ということは、すべての失敗が見える部署である。それゆえに、アヴィーヴァにとってはデジタル変革を牽引する部署でもある。何がうまくいっていないのかを教えてくれるし、たくさんのアイデアを持っている
同様の議論は、デジタルリーダーが集まったそのイベントにおいて、繰り返し話題となった。ポイントは次のようなものだ。
デジタル変革について、「何を変革すべきか(What)」と「なぜ変革が必要なのか(Why)」がこれまで盛んに語られてきた。そのため、組織のなかでそのことを疑うものはどんどんいなくなっている。
これからは、「デジタル変革は、どのように進めるべきか(How)」を語っていく必要がある。
繰り返されるテーマ
この「どのように変革を進めるべきか」という問いは、これまで何度も繰り返し話題にされてきた次のようなテーマを、改めて議論の場に持ち出すことになる。
- 顧客中心主義
- 新しいタイプの競争相手の台頭
- 構造的なビジネス変革
- リスクと失敗に対する考え方
- 新しい指標の必要性
顧客を企業の中心に据えるという取り組みとその意味を語る人は多い。ロイズ・バンキング・グループでイノベーションとデジタル開発の責任者を務めるマーク・リーン氏は、問題点を明確に切り分けた。
顧客の根本的なニーズは変わっていない。変わったのは、サービスの提供方法に対する期待だ(リーン氏)
顧客中心主義に対して、ロイズ・バンキング・グループは、2段階に分けて対応してきた。
第1の段階は、チャネルのデジタル化だ。単一のデジタルプラットフォームとハブを構築し、デジタルに関する知識を蓄えて、社内の他部門に変化を促す触媒となるような仕組みを構築した。
第2段階は、10の主要な顧客ジャーニーについて、顧客体験を再設計して変革させる3年がかりのプロセスで、こちらは現在も進行中だ。
スカイのグループ最高財務責任者兼コマーシャルビジネス担当マネージングディレクターのアンドリュー・グリフィス氏は、イノベーションと変革に至るスカイのアプローチを説明するなかで、時間軸の問題を取り上げた。
グリフィス氏は、次のように語っている。
スカイでは、「今後10年間に目を向けること」をやめ、3年から5年先のことに考えを集中するようになった(グリフィス氏)
こうしたスカイのアプローチは、前出のリーン氏が銀行のデジタル化に関して語った次の言葉と符号している。
今の時点で正しいことは、3年前に正しかったことと同じではないし、3年後にも正しいままだとは限らない(リーン氏)
また、最高デジタル責任者の必要性をめぐる議論において、アクセンチュアのマネージングディレクターで、デジタル戦略とEALA(欧州、アフリカ、南米)地域の責任者であるナリー・シング氏も、次のように述べている。
最高デジタル責任者という役割を、企業が今の時点で設けるのは、良いことだ。しかし、5年後に設けるというのでは意味がない(シング氏)
新しい競争
シング氏によると、デジタル変革を始めようとしている同社のクライアントには次の2つのタイプがあるという。
- 自分のシェアを奪いにきている競合相手に対応しようとする人
- 他社のシェアを奪いたいと考えている人
シング氏は、次のように説明している。
競合相手は、新しい分野からやってくるし、まったく違うルールに従って行動する。
そして、競争の経済システムが変わっていく。
たとえば、当社のクライアントの大半は、資産を所有し、その資産によって成功を築いてきた。しかし、AirbnbやUberといった新しい競合相手が提供しているのは「利用権」だ。
つまり、従来型企業の古いモデルに比べたら、そうした企業は、供給の限界費用がゼロなのだ(シング氏)
一方で、「レガシー企業は予算と顧客数の面で有利なのではないのか」という問いに対して、シング氏は次のように語り、既存企業を勇気づけるメッセージを打ち出している。
市場における従来型の企業でありながら、その市場に攻撃を仕掛けるには、今が最高のタイミングだ。
大企業がすばらしい“資産”を持っていながら、自分たちでもその“資産”の存在に気づいてないことが多いことに、私はいつも驚かされる。
ここで重要なのは、「テクノロジー企業ならば、その“資産”を使って何をするだろうか」という問いかけだ
「庭にダイヤモンドがある――必要なのは、それがダイヤモンドであることを教えてくれる人だけだ」(シング氏)
この点については、ロイズ・バンキング・グループでアジャイル・トランスフォーメーションの責任者を努めるトニー・グラウト氏も、実験への取り組み方について語るなかで触れていた。グラウト氏は、スカイプでアジャイル・トランスフォーメーションの責任者を務めた経験もある人物だ。
大きな組織は、新興企業よりずっと簡単に、複数の実験を進めることができる。あなたたちは、自分で思っている以上のことをできるのだ(グラウト氏)
重要なのは、テクノロジーよりも人間
顧客をビジネスの中心に据えることが重要だということには誰もが同意するが、やはり議論の的になるのは、それを「どうやって」実現するかという点だ。
欧州日産の最高情報責任者であるスティーブン・ニーボーン氏は「われわれを動かすのは顧客の意見であり、テクノロジーは目標を実現するための戦略的手段だ
」と述べたが、テクノロジーよりも人間が重要だという意見は枚挙にいとまない。
コカ・コーラのフランチャイズシステムのなかでも有数の独立系ボトラーであるコカ・コーラ・エンタープライズでデジタルディレクターを務めるシモン・マイルズ氏は、次のように主張している。
企業はテクノロジーを過剰に重視して、人間を軽視し過ぎている。私にとって重要なのは、デジタル化によって購買客のための「より速く、より安く、より良く」が実現されているかどうかだ(マイルズ氏)
保険会社大手アヴィーヴァの英国マーケティングディレクターであるヘザー・スミス氏も、「どのように」という問いを取り上げた。スミス氏は「多くのブランドと多くのオファー(提供内容)」を持つ企業について説明したうえで、それらすべてを、顧客と向き合う1つの形にまとめるのが課題であることを認めた。スミス氏のソリューションの一部は、アヴィーヴァのコールセンターから生まれたものだ。
コールセンターは、顧客からの問い合わせを受ける。ということは、すべての失敗が見える部署だ。それゆえに、アヴィーヴァにとってはデジタル変革を牽引する部署でもある。
何がうまくいっていないのかを教えてくれるし、たくさんのアイデアを持っている(スミス氏)
スミス氏は続けて、顧客からのフィードバックをすべて会社全体で共有し、社員がいつでも目を通せるようにしているアヴィーヴァの方策を説明した。「これでアイデアが組織全体に行き渡る」という。
一方、アクセンチュアのシング氏は、新しい競争環境によって顧客体験に対する期待感が高まっていることについて、重要なポイントを指摘した。
顧客にとって、業界などは関係ない。
銀行のアプリは、Uberのアプリと比較される――ほかの銀行のアプリとではなく(シング氏)
顧客の声に応えるという課題
誰もが口にするように、顧客の声に耳を傾けることは第1歩でしかない。耳を傾けたうえで、その声に応えられなければならない。
グラクソ・スミスクライン(GSK)のグローバルデジタルディレクターであるカイ・ゲイト氏は、組織を糖蜜のサンドイッチに喩えた。
上と下は非常に良い感じなのだが、その間には、げんなりするようなベタベタしたものがはさまっていて、あらゆる物事の進みが遅くなる(ゲイト氏)
そのほかに、デジタル構想を取締役会、とりわけCFOに報告することの難しさを語る声もある。
物事がどのように変化していくのかわからない状態で、ビジネスケース(投資対効果の検討書)を作るのは難しい。指標は現実からかけ離れたものになりがちで、そのことをCFOに理解してもらう必要がある(シング氏)
指標について質問されると、シング氏は、少なくとも初期段階では伝達とエンゲージメントに焦点を置く必要があることを強調した。そして、同氏が「早発性収益化症候群」と呼ぶものに注意するように警告し、次のように述べた。
収益化に手をつけるのが早すぎると、したことが無駄になってしまう(シング氏)
シング氏はまた、「リスク」を重要なものとして企業がどう管理するかという点を取り上げた。これについては、同じような意見の持ち主が多い。
失敗するものは必ず出る。だからファンドマネージャーであるかのように、リスクを測定する必要がある(シング氏)
マイルズ氏は、コカ・コーラ・エンタープライズでは、失敗から学び、その教訓を次に活かす限り、失敗は許されると説明した。
この議論に欠けているのは測定の手段だ。実験するのは、測定を可能にするためなのだから(マイルズ氏)
アヴィーヴァのスミス氏も同じような社風について次のように語った。
当社のCEOは、社員に早く失敗してもらいたがっている。私たちが何かをやらかしてそこから学んでいくことを望んでいるのだ(スミス氏)
ロイズ・バンキング・グループのリーン氏も、自分から行動を起こすことの重要性をはっきりと述べた。
イノベーションは、実現するまではアイデアでしかない(リーン氏)
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