『ウェブはバカと暇人のもの』/集合知は幻想だ。メディア編集者がネット礼賛者を切り捨てる【書評】
BOOK REVIEW Web担当者なら読んでおきたいこの1冊
『ウェブはバカと暇人のもの――現場からのネット敗北宣言』
評者:山川 健(ジャーナリスト)
ニュースサイト編集者が体感したユーザーの生態
夢物語のネット礼賛論を打ち砕く嫌悪すべき現実
極めて刺激的なメーンタイトル「ウェブはバカと暇人のもの」。ウェブビジネス、特に、セグメント化されていない不特定多数のネットユーザーと直接関わるビジネスをしている人なら、程度の差はあれ、このように感じたことは一度ならずもあるだろう。ウェブ関係者や運営者との雑談の中でも、同様の本音をよく耳にする。しかし、これまで誰も本心を書籍の形で公にストレートに暴露することはなかった。その意味で、著者の勇気ある決断は賞賛に値する。一方でコンサルタント、ITジャーナリストらは相変わらずウェブの持つ無限の可能性を声高に叫び続ける。現実と理想のギャップがそこにある。
人間誰しも暗い現実を突き付けられるより、将来の可能性を信じたい。だからこそコンサルタントやITジャーナリストらが、バラ色であるはずのネットではなく、オールドメディアである紙の書籍の形を採りながら次々に打ち出す礼賛論が、矛盾を超えて、もてはやされてしまう。著者は、彼らのようなネット礼賛者らが語る理想がいかに現実離れしているかを自らの体験から次々に描き出す。理想はわかるけれど、そうは言っても現実は違う、実際にはユーザーは常識人ばかりでない、と日ごろ感じているサイト運営者らの共感を得ることは間違いない。著者は言う。「そもそもネットの世界は気持ち悪すぎる」。
著者は、インターネット広告のサイバーエージェントが運営するネットブログ発のニュースサイト「アメーバニュース」の編集者。アメーバニュースはスポーツ新聞的な、くだけた社会ニュースや芸能・エンターテインメント寄りのコンテンツが中心。それだけに読者層は幅広い。本書でつづられる著者の直接体験は、アメーバニュースの読者に関してであることを理解しておく必要はあるものの、他のさまざまなサイトについても取り上げて、本音で分析を試みている。ただし本書では「ニュースサイトの編集者」としか著者の肩書きは明かされていない。
著者は、サイト運営担当者として相手にしているユーザーに関して「暴言を吐いてしまうと
」と断りながらも「『バカ』も多いのである
」と断言する。そのため、コンサルタント、ITジャーナリストらが説く理想郷やWeb 2.0、集合知は「あまりにも別世界の話のよう」
と感じてしまう。特に集合知については、せっせとネットに書き込みをするのは凡庸(ぼんよう)な人が多い、との認識で「『集合愚』の方が私にはしっくりくる
」と言う。そして「『普通の人』『バカ』にまつわる話をする
」のが本書である。
5章構成で、最初に「ネットのヘビーユーザーはやっぱり『暇人』
」としてネットユーザーの生態や特徴を語り、次に、自身の経験に基づくネットユーザーとの付き合い方を紹介。続いて「ネットで流行るのは結局『テレビネタ』
」で、ネット全盛とはいえテレビの影響力は実際は揺るがない事実を取り上げる。ウェブビジネスに関わる層にとって直接参考になるのが「企業はネットに期待しすぎるな
」。そして「ネットはあなたの人生を何も変えない
」と、ネット礼賛論を盲信する層の希望を破壊する結論で結んでいる。
全編、思わずうなづきたくなるエピソードであふれている。困ったユーザーに辟易しているウェブビジネス関係者たちの溜飲を下げてくれることは確実だ。「ネットはもっとも発言に自由度のない場所
」「『ネットで消費者の声を聞け』は大ウソ
」「ネットの声に頼るとロクなことにならない
」「バカの意見は無視してOK
」「ネットでブランディングはできない
」――。著者はネット礼賛者らが展開する主張をことごとく打ち砕く。本書で語られる内容のすべてに納得がいく訳ではない。それでも、著者が描き出す「バカ」の生態分析には説得力があり、歯に衣着せない物言いには、痛快さを感じる。
本書はオンライン書店「アマゾン」のレビューで絶賛されている。著者が絶望したWeb 2.0的なコンテンツではあるが、レビューはアマゾンで購入したユーザー、すなわち本を読む人しか書けないうえ、実際に読んでいる人がほとんどのように見える。ところが、いわゆる匿名掲示板では、大手出版社系のサイトの書評記事をコピーして張り付けたスレッドが立てられ、その書評記事の情報とタイトルに反応したののしり発言で埋め尽くされていた。本書を読んでいないことによるカン違いも目立った。中には「この本読んだの?」といった冷静な書き込みもあった。アマゾンのレビューとの差は歴然。著者が分類した「頭の良い人」「普通の人」「バカ」の3種の違いが理解できたような気がした。
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