BOOK REVIEW Web担当者なら読んでおきたいこの1冊

バズワードで終わるのか。クラウドコンピューティングの正しい姿とは/書評『クラウドコンピューティングの幻想』

昨年急速にIT業界で広まったキーワード「クラウド」。キーワード先行で幻想を抱くのではなく、本質の理解が必要だ
ブックレビュー

BOOK REVIEW Web担当者なら読んでおきたいこの1冊

『クラウドコンピューティングの幻想』

評者:山川 健(ジャーナリスト)

流行モノのバズワードで終わらせないためには
キーワード先行ではなく企業戦略の検討が重要

クラウドコンピューティングの幻想
  • エリック・松永 著
  • ISBN:978-4-7741-3804-6
  • 定価:1,480円+税
  • 技術評論社

元来IT業界は真新しい概念の(ように聞こえる)キーワードを作りあげるのが得意。新しいネタを求める関連メディアが飛び付き、言葉が独り歩きを始める。そうなるとしめたもの。キーワードを駆使して、さまざまなITビジネスを売り込んでいく。言葉本来の意味や定義は問題ではない。キーワードに乗り遅れると取り返しがつかなくなる、という恐怖感をどれだけ顧客に与えられるかが勝負。ITは高度な技術的背景を持つビジネスだけに、概念をわかりやすい一言で表現することは不可欠ではある。しかしキーワードに依存するビジネスは、冷静で知識のある相手には地に足のつかない空虚感を与えるのではないか。

IT業界で昨年秋以降、一気にブレイクしたキーワードが「クラウドコンピューティング」。新聞の経済面やテレビの経済ニュースで取り上げられ、IT雑誌では特集が組まれ、関連書籍も次々刊行。今、ITビジネスの営業トークでキメ言葉のように使われている。ここまで流行すると、せっかく優れた考え方だとしても、「クラウド、クラウド……」、と連呼されると、逆に単なる安っぽいセールス用の言葉に聞こえてしまう。クラウドコンピューティングがITシステムに大きな変革をもたらすことは間違いない。にも関わらずこのままだと、これまで登場しては消えていった数々のはやり言葉と同じになりかねない。

著者は、IT業界にまん延するこうしたキーワードを「バズワード」=Buzz(ハチが飛ぶ擬音語)のように、うるさくうっとうしい言葉と呼ぶ。そして「クラウドコンピューティングを他のバズワードと同じように一時の流行モノに終わらせたくない」という思いで本書を書いた、と訴える。本文冒頭で著者は、自らが考えるクラウドコンピューティングの致命的な3つの誤解を明言。「企業に何らかのパラダイムシフトが引き起こされる」「新たなサービスを生む」「ITの革命である――」。この3項目はどれも、クラウドコンピューティングには当てはまらない、と主張する。クラウドコンピューティングの無条件の信奉者にとっては大きな驚きだろう。

キーワードを核にビジネスを進めていくのがIT業界の常とはいえ、1つのキーワードがあまりにもてはやされ、業界全体が同じ方向に走り始めるようになると必ず、冷めた視点で見直すべき、とする層が登場する。本書もそうした性格を持つ。最近、IT業界関係者やIT関連メディア編集者から「技術的なことはともかく、クラウドコンピューティングの考え方は昔からあった」「そもそもよくわからないのがクラウド(雲)なのだから、クラウドコンピューティング自体を定義できるはずがない」と冷静な声も聞かれるようになった。本書でも「同様のコンセプトは1960年代に存在していた」として「企業のコンピュータシステムは大きく変わっていない」「企業向けのクラウドコンピューティングは何も始まっていない」と断言する。

クラウドコンピューティングが今後重要になることは疑う余地がない、と著者も認めている。では何が問題なのか。著者は「さまざまなバズワードの言葉遊びが、問題・課題の本質を無視」していることにある、と指摘する。クラウドコンピューティングというキーワードありきではなく、まず企業戦略を検討し、必要な方法を考えた結果がクラウドコンピューティングでなければならない。当然のことだと感じるだろう。だが、キーワード先行の状況の中では、時代の流れに乗り遅れないようにと焦ることによって、気が付かないうちに逆のパターンに陥りがちな現実がある。「真剣に検討した結果、クラウドコンピューティングを導入すべきではないという結論がでたとしても、それはそれで構いません」。著者は断言する。

本書は、迷走するクラウドコンピューティングの現状に始まり、技術・意味や注目企業の戦略を紹介した後、大手システムインテグレータの姿勢を批判。最後に「幻想からの脱却」と題しクラウドコンピューティングのあるべき姿を記している。全体を通して、クラウドコンピューティングの価値はユーザー目線とサービス起点で考えるべき、と今さら言うまでもない当たり前のことが語られているに過ぎない。しかし、バズワードに便乗しながらビジネスを進めていく傾向にあるIT業界に、冷や水を浴びせた貴重な1冊だといえる。ただ「何も調べず、思っていることを一気に書き上げた」ためか「かなり荒削りで突っ込みどころ満載」と著者自身認めているほか、誤字や「てにをは」の間違いも目に付いた。熱い思いが語られているだけに、残念ではある。

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