HCD-Net通信
「人間中心設計 (HCD)」を効果的に導入できるよう、公の立場で研究や人材育成などの社会活動を行っていくNPO「人間中心設計推進機構(HCD-Net)」から、HCDやHCD-Netに関連する話題をお送りしていきます。
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想像と現実の落差/HCD-Net通信 #3

イメージ画像:人間

思うに、現実世界なんてものはバラバラの個物の寄せ集めにすぎない。それを空間的に、また時間的につないでくれるのは人間の持つ想像力である。想像力があってこそ、われわれには、それなりにひとつにまとまった世界が見えてくる、あるいは見えているような気がしてくる。

ただ、想像力には無限の方向の可能性がある。想像の世界ではどのように世界をつなぐのも自由である。そこに登場するのが予想とか期待というやつだ。いずれも人間の心理プロセスに関わるものだが、予想はやや客観的、期待はなかなかに主観的である。

このように、人間の認識している世界は、個別の情報とそれをつなぐ想像力、そして想像力を方向付ける予想や期待から構成されている。多くの場合、いずれ予想や期待と現実との照合が行われることになるが、そのずれの大きさは、集められている情報の量や精度、想像力の豊かさ、そして予想や期待の方向性によって異なってくる。特に予想や期待の方向性はかなり自分勝手なものであり、自分に都合のよい方向に認識を引っ張ってしまう傾向がある。

選挙などはその典型で、公約は選挙民の予想や期待を望ましい方向にどんどん膨らませる。いや、それが悪いというわけではない。選挙の時点では、その後の未来にどのようなできごとが起きるかわかっていない。だから選挙というのは未来に対する一種の賭けなのだ。

場面は違うが、SNSなどのネットの世界で知り合った人物のイメージとオフミで知ったその実像とのギャップに驚くことがある。いや、早めにオフミで修正されていればまだしも、チャットやメールやブログの書き込みなどだけでその人物のイメージを膨らませてゆくと、想像力と予想や期待は喜んで、どんどん勝手なイメージを作り上げてしまう。時にそれがストーキングにつながったりもするので、厄介なことではある。

◇◇◇

さて、前振りが長かったが、ここからユーザビリティの話に引っ張ろう。製品に関する想像と現実の落差、という話だ。

まず製品に関する情報がどこから手に入るかを考えたい。いわゆる製品情報という中には、TC、つまりテクニカルコミュニケーションといわれる領域がある。これは取扱説明書やマニュアルなどに表現されている情報のことで、技術情報や利用技術情報とも言われる。取扱説明書やマニュアルには、製品の機能や性能に関する情報ではなく、その使い方について書かれているからである。認知科学者のノーマンは、そうした情報をシステムイメージと呼び、設計者がユーザーに伝える情報のメディアであり、それによってユーザーが設計者と同じメンタルモデルを持つことができればユーザーは容易にその製品を利用できることになる、と説明した。

そのロジックはそれなりに適切だと思う。しかし製品に関する情報はTCだけではない。いや、TCという概念を広義に捉え、ユーザーに提供される製品関連情報とするなら、それは宣伝や広告、パンフレット、雑誌や新聞の記事、そして最近はインターネットによって取得できる情報が、さらには店頭で店員から受ける説明や、ユーザー相談窓口から教えてもらう情報、友人や知人からの評判や噂など、実に多様なものがある。

それらの情報メディアは、プリセールスコミュニケーションとポストセールスコミュニケーションに分けられる。つまり、ユーザーが実際にその製品を手にする前に入ってくる情報と、それを手にしてから入手する情報との区別である。ここで想像力に強く関わるもの、予想や期待の膨張に関係しているのは、当然、プリセールスコミュニケーションである。そこには宣伝や広告、パンフレット、雑誌や新聞の記事、インターネット、友人知人の評判や噂など、前述のメディアの大半が含まれている。これは製品がでる前に情報を得たいというユーザーの気持ちに適合した形になっている。

さて、そこでメーカーは製品を売りたい。だから宣伝や広告では、その製品の良いところを積極的にプッシュする。ユーザーの側にも予想や期待があり、それによって製品の機能や性能などはポジティブな方向にバイアスをかけている。その結果、想像力が作り出す予見的イメージがどうなるかは火を見るより明らかである。プリセールスコミュニケーションの結果、ユーザーは魅力的なイメージを作り上げてしまう傾向がある。せいぜい雑誌のレビュー記事が期待の膨張にブレーキをかける程度である。

イメージ画像:ネット利用

ただ、最近ではネットでリアルな、あるいはネガティブな情報を得ることもできるようになっていて、ある程度バランスを取ることも可能になっている。しかし、多くの場合、それは製品がリリースされ、市場をリードする先進的ユーザーが使い始めてみてからのことである。

そしてユーザーは「その」製品を購入すべきかどうかを想像をベースに決断する必要に迫られる。店頭で現物を見たとしても、それは現実の一部でしかないし、さらには現実に想像のイメージを被せて見ている可能性も高い。

そのようなプロセスを経て、ユーザーが製品を購入したとすると、そこに待っているのは長期的ユーザビリティという概念である。就任当時は期待され、支持率が高かった内閣でも、段々と時間がたつにつれて現実の姿が見えてくると支持率が低下してくる。一般に内閣支持率というのは、想像から現実へとシフトするにつれ、右下がりのカーブをたどることになる。SNSで出会い、理想的な姿を期待したり、いやもしかすると自分に気があるのかもしれないと思いこんでいた女性に会って、がっかりしたり振られたり、ということが起きる現象に似ている。

ユーザーは、製品を購入し、半年、一年、数年とその製品を利用するようになる。長期的利用をする間に、当初の期待の皮は剥げ、あるいは期待していなかった利便性に喜ぶといった時系列的な体験をする。それが長期的ユーザビリティである。

願わくば、製品を購入する段階で、長期的ユーザビリティを予見することができればいい。しかし、人間という生き物にとって、それはなかなかに困難な技だ。しかし何もできないわけではない。政治家に対しても、ネットで知り合う女性に対しても、何回かの経験を繰り返すと、人間は注意深くなる。どこに誇張や美化があるかを考えることができるようになる。必ずしも実際の姿はわからない。けれど、どのあたりが怪しいか、またどのあたりについての情報が伝わってきていないか。そんなところに注意しながら多様な製品情報を収集し、それを頭の中で総合していけば、これまでより少しはましな認識ができるようになるかもしれない。想像と現実の齟齬を最小化できるかもしれない。要するに、ユーザーはそれなりに努力する必要がある、ということでもある。

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