アステラス製薬は、グローバルサイト構築になぜオープンソースCMSの「Drupal」を選んだのか?

「Drupal」とDrupalの企業利用を助けるプラットフォームサービス「Acquia」を導入して、グローバルサイトを構築したアステラス製薬。

医薬品の製造販売及び輸出入を行うアステラス製薬では、米国ホワイトハウスやNASAも使うオープンソースのCMS「Drupal(ドゥルーパル)」でグローバルサイトを構築した。

さらに、Drupalのエンタープライズ利用を助ける、プラットフォームサービスAcquia(アクイア)を導入したという。

いちはやくAcquiaを導入したアステラス製薬の広報部の松田尚明氏と情報システム部川浪洋一郎氏が「Acquia Day 2017」に登壇。Acquia導入の理由や統合コンテンツ管理の取り組みを紹介した。その内容と編集部で追加取材した情報をお届けする。◎撮影 yOU(河崎夕子)

グローバルサイト構築の背景

医薬品の製造や輸出入を行い、世界70か国で医薬品の販売、売り上げの7割が海外だというアステラス製薬。

全世界に販売網を持ち、全世界にステークホルダーがいる。グローバル製薬会社として情報開示に関する方針を徹底する必要があったが、全世界のステークホルダーに対する情報発信のツールは存在しなかったという。

とはいえ、Webサイトが存在しなかったわけではない。日本、米国、フランス、中国といった各国・地域で30サイト以上あった。しかし、それらはWebガバナンスが十分に発揮されたものではなく、サイトのデザインやユーザーインターフェイスも各国でバラバラであり、メッセージさえも統一されていない状態であったと言う松田氏。

アステラス製薬広報部の松田尚明氏

そこで全世界のステークホルダーに対して、「適時適切かつ公平に情報を開示して、ステークホルダーと信頼関係を構築するための社外向けツールの1つ」としてグローバルサイトの構築を進めたという。できあがったグローバルサイトがこちら。

Webサイトで解決しなければいけない点

グローバルサイト構築にあたり、まず、当時のWebサイトについて社内外の調査を実施した。その結果「全てのステークホルダーに対して、企業の透明性の向上の余地がある」と判明した。

特に、Webガバナンスについては、次が挙げられる。

ブランドメッセージング統一

先に紹介したとおり、各国でバラバラのサイトを運用していたため、サイト自体のデザインも異なり、伝えたいメッセージも異なった。つまり、アステラス製薬という企業で統一された情報発信ができず、国によって異なる企業に見えてしまっていた。さらに、今出すには適切でない情報もあったという。

たとえば、2015年に企業ビジョンを変更したものの、それが全世界のサイトに反映しきれていないといったことだ。この事柄に対し、松田氏は次のように述べた。

もちろん、ガバナンスを統一させるためのガイドラインは存在していました。ですが、運用において十分にその効力を発揮できてはいないようでした(松田氏)。

情報配信のタイミング管理

「すべてのステークホルダーに適時かつ公平な情報を公開したい」という思いはある。しかし、各国でバラバラのCMSを利用しているため、緊急・即時性を要する情報を掲載するときは、各国の運用担当者にメールで「この情報は、○×時に公開してください」と連絡するしかなかった

また、各国の運用担当者が実務作業を行うため、情報の修正があった場合、タイムラグが生じたり、各国で情報掲載の有無を判断したりすることがあった。

コンテンツ運用

サイトによってはHTMLファイルを修正する作業が必要で、各国の外部ベンダーに依頼する必要があった。

指令系統は、ヘッドクォーターである日本が各国担当者へ指示をして、それを各国の外部ベンダーが作業する、という流れであるため、なかなかガバナンスが効きにくい状況にあった。

さらに、ガバナンス面以外のモノも含め、改善の余地がある点は多数存在した。次の通りだ。

  • モバイル対応、UX・アクセシビリティの最適化ができていない
  • 各国30以上の統一管理ができていない
  • 少ない人的リソースで容易な運用ができていない
  • エンタープライズ要件に耐える機能・セキュリティ対応ができていない
  • 多言語対応、多拠点、他部署・他サイト対応ができていない
  • デジタル化・ソーシャル化が進むデジタル環境の変化についていけていない
  • ユーザビリティの低さ
  • 発信している情報量の不足
  • 発信している情報の古さ
  • 情報発信のタイミングが各国で異なる
  • グローバルレベルの安定、安全な情報発信の基盤が確保されていない

これらの改善を進めるべく、グローバルサイト構築プロジェクトの目的を次のように定めた。

グローバルサイト構築プロジェクトの目的

グローバル・コーポレートサイト新設と各国サイトのリニューアルを行い、ステークホルダーへ適時・適切な情報提供を通じて企業透明性の向上を図る。

これに加え、アステラスグループの企業ブランドの戦略において、アステラス製薬の統一的な理解を獲得することを目的とした。

アステラス製薬の企業メッセージとは、変化する医療の最先端に立ち、科学の進歩を世界中の患者さんに価値と希望をもたらし、医療ソリューションに変えることに尽力すること。

Drupalを導入して実現できたこと

改善点が明らかとなり、システム面の課題(後述)、要件を出して行くにつれて、「こんなにたくさんの要件にあうCMSが存在するのだろうか。でも、ぴたっとはまるCMSがあった。それが、オープンソースのDrupalで、企業利用を助けるプラットフォームサービスのAcquiaだった」と松田氏は言う。

CMS検討段階では、SDL Tridion(SDLトリディオン)、HeartCore(ハートコア)、NOREN6 Content Server(ノレン6コンテンツサーバー)、SITE PUBLIS(サイトパブリス)などがDrupal以外に挙がったという。

構築するCMSを決定するに当たり、次のような点を重要視した。

  • 中規模~大規模サイトに対応できるか
  • AWS(Amazon Web Services)上での動作実績があるか

いずれのCMSも機能面はクリアし、使い勝手も良さそうだったが、SDL Tridion以外は海外拠点向けのサポートが乏しく、最終的にDrupalに決定したという。

Drupalを導入して、具体的に実現できたことは、次の通りだ。

  • ブランドメッセージング統一
    Drupalには、モジュールをパーケージ化した「ディストリビューション」がある。これを使って、サイト構造やデザインをテンプレート化することで、サイト運用担当社の管理負担が軽減した。今後は、グローバルサイトのテンプレートを用いて各国のサイトを整えていく予定だという。

  • 情報配信のタイミング管理
    CMS導入によって、Drupalの管理画面上で配信時間の管理ができるようになった。各国サイトも順次、Drupalに切り替えていく予定。これによって、各国で同一の内容を、同一のタイミングで公開ができるようになる。また、Drupal内には、翻訳コンテンツ登録・管理機能がある。その機能を使って、英語のコンテンツを作成後、それを各国の言語へ翻訳していく。

  • コンテンツの運用
    グローバルサイト構築と同じタイミングで、コンテンツの制作・管理体制も整えた。各部門や各機能によってコンテンツを作成する。その内容をコンプライアンス機能でチェックした後、広報部門がすべてのコンテンツのパブリッシャーとしての役割を担う。

松田氏は、この運用体制について次のように言及する。

この体制は、グローバルサイト制作チームと今後整備が進む制作チーム、すべてが共通の運用体制です。たとえ外部の制作チームが入ったとしても、コンテンツの制作体制や公開までの確認フローは変わりません。どんなに要件を満たしたCMSを導入したとしても、運用体制が整っていなければ、システムをうまく活用できませんから(松田氏)。

システム面の課題

システム面の課題については、同社の情報システム部の川浪氏から説明された。

アステラス製薬情報システム部の川浪洋一郎氏

先に松田氏が述べたように、それまでアステラス製薬では各国別々のインフラでWebサイトを構築して、運用していた。そのため、システム基盤が重複していたり、複雑な運用体制だったり、適正なコストマネジメントが難しかったりしたという。

ヘッドクオーターである日本はシステムの監視は常時行われていて、緊急時の対応もできる体制が整っている。しかし、各国でのサービスレベルはまちまちで、稼働状況を瞬時に把握できない。担当者に聞かないと状況の判断ができない状況であった。

このままではインシデントが起こったときに、ヘッドクオーター側で集中的にマネジメントできず、各国の担当者に状況を確認して、対応依頼をしなければならいことは問題だった。

システム面の課題をまとめると次の通りだ。

  • 安定稼働、信頼性
  • セキュリティ
  • インフラ、運用の効率化

これら問題点に対応できたCMSがDrupalだ。米国ホワイトハウスやNASAなども利用しているDrupalは、オープンソース(ライセンス費用なし)で、開発ベンダーも多数いる。

「オープンソースであるため、進化も早い。ただ、Drupalをエンタープライズでそのまま使うと運用負荷やリスクが高く、安定、安全に使いこなそうとするならば、自分たちだけでは不可能だ」と川浪氏は言及する。

そこで、企業利用を助けるプラットフォームサービスのAcquia Cloud Site Factory(PaaS)とAcquia Cloud Edge Protect(WAF/DDoS Protection)を導入したという。

PaaS(パース)とは、データセンターでサーバーを管理するのではなく、アプリケーションソフトが稼動するためのハードウェアやOSなどのプラットフォーム一式を、インターネット上のサービスとして提供する形態のことを指す。

これらのシステムアーキテクチャは、次のようにシンプルだ。

Acquiaは、AWS(Amazon Web Services)上で動いている。AWS上に、ロードバランサー、Webサーバー、データベースがあり、その上にAcquiaがある。Acquiaの中に、開発環境、ステージング環境、本番環境がある。そこまでがPaaS領域で、一体化されている。その上に、Drupalがサイトを作りグローバル、各国サイトへ展開できるといった構造だ。

Acquiaには、不正なリクエスト(攻撃)は遮断して、正しいリクエストを受け付けるという機能があり、ネットワーク環境が悪い場所からのアクセスでも快適にするというCDNの機能もある。

さらに、エンタープライズで安心して利用できるようフルマネジメントをしてくれたり、グローバルでの24時間365日で監視したり、PaaS(Platform as a Service)で全サイト情報をダッシュボードで一元管理もできたりする。

これから、Drupalを使って各国のサイトを集約していくが、それぞれのサイトの構成に対応できたり、高負荷状態でもキャッシュでパフォーマンスを向上させたりもできる。また、アクセスが急増したときの負担分散や対応もAcquiaがやってくれる。

セキュリティ面においても自動的にアップデートされて、脆弱性対策はDrupal Security Teamと連動しているため緊急度に応じて適宜対応してくれる。また、第三者機関による定期的な監査も行われている。

コスト面について川浪氏は、次のように言及した。

AcquiaはAWS上で動いています。Acquiaの年間利用料には、Acquiaのインフラ運用とAWS費用が含まれています。各国のサイトを集約しても、年間利用料でこれらがまかなえてしまう。グローバルサイトと日本向けサイトだけでもコストメリットは十分ですが、各国サイトを集約してくればさらに効率化が期待できます。このように、コストマネジメントという点からしても優れています。(川浪氏)

また、川浪氏に開発において大変だった点などを追加取材したところ次のような回答が得られた。

開発段階でAcquia社は日本に事業所がなく、オーストラリアやアメリカにいる担当者を通じてやり取りを行う必要がありました。日本のビジネスに精通しておらず、必要な書類を整えたり、その内容を調整したり、多くの時間と労力を要しました。

また、日本における大規模な先行事例がなかったので、実際稼働するまではやや心配な面がありました。近々、Acquia社の東京オフィスができると聞いていますので、よりスムーズなやり取りに期待しています。(川浪氏)

具体的な開発方法にも言及してるので紹介しよう。

アジャイル開発の運用体制とは

Drupalのエンタープライズ利用を助けるAcquiaを導入して、実際に開発パートナーとして参加してもらったのは「CI&T」だという。このCI&Tは、アジャイル開発を得意としており、どのように開発されたのか松田氏から紹介された。

アジャイル開発とは、全体のなかで核となる部分から開発を進め、短期間で小さな成果物を作り、検証することを繰り返すことで、最終的な成果物を作り上げる方法だ。

今回、グローバルサイトの制作期間は約半年。

同じ会社でも、広報部と情報システム部の部門間の連携という壁がある。そのうえ、今回のグローバルサイト構築プロジェクトでは、会社の壁、国の壁がある。開発当初は、「こんなに短期間でグローバルサイトプロジェクトがうまくいくのだろうか」と不安だったと松田氏は言う。

しかし蓋を開けてみたら、期間内で開発を終えて、グローバルサイトは満足いくものができたという。

グローバルサイトの開発における具体的な進め方としてはこうだ。

グローバルサイトは5スプリントで開発を進める。スプリントとは、1つの開発単位のこと。

この開発スピードを可能にしたカギは、コミュニケーションだ。アステラス製薬内では「広報部」と「情報システム部」。CI&Tでは「日本」と「中国」の開発チームの計4つと連携をとる必要がある。

そのため、毎朝10~30分程度のWeb会議を実施。そこで、今日やるべきことをすりあわせする。たとえば、開発チームがマネジメント部門に対して「具体的にこういう開発内容だが、解釈に問題はないか」といった双方の細かいすりあわせをしっかり行う。このコミュニケーションのおかげで、「作り終わった後に、違うと感じて作り直す」といった二度手間がなくなり、期待通りのものができあがるといった具合だ。

さらに、タスク管理ツールのJIRAを用いて、ステータス管理をすることで、誰が何をするべきか、今何を開発中なのかといった進捗状況を誰もが把握できたという。

「このようなプロジェクトマネジメントを行ったことで、従来の開発方法より30%以上期間が短縮できたと思います。また、システム開発を海外で行うことで、日本より大幅に開発費を抑制できました」と川浪氏は言う。

こういった、開発体制があったからこそ、プロジェクトが成功したと松田氏。2017年初頭からスタートしたグローバルサイトの開発は、2017年5月末に完成。今後は、日本のサイトから開発を進めて、その後2018年の初頭から各国のサイトをリニューアルしていく予定だという。

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