【レポート】デジタルマーケターズサミット2018 in 大阪

USJ柿丸氏が語る、データドリブンマーケティングで必要なコト「経営層を巻き込む力」「やりきる覚悟」

USJにおけるデータドリブンマーケティングの夜明け~通販業界からの転職組、その奮戦記

データの力で経営を変えたい――マーケターであれば、誰もが胸に秘めた野望であろう。しかし、その実現には社内体制の刷新、特に「経営層の説得」という難題が立ち塞がっている。

「ユニバーサル・スタジオ・ジャパン」の運営で知られる合同会社ユー・エス・ジェイにおいても、データドリブンマーケティングの導入には紆余曲折があった。その矢面に立った柿丸繁氏が「デジタルマーケターズサミット 2018 in 大阪」に登壇。舞台裏を赤裸々に語った。

合同会社ユー・エス・ジェイの柿丸繁氏(デジタルマーケティングチーム マネージャー)

通販業界とは真逆のマーケティングだったUSJ?!

USJと言えば、国内屈指のテーマパーク。さぞやマーケティング手法も進んでいるのだろう……と思いきや、柿丸氏によれば「2014年に私が入社した頃は、良い意味でとても堅実でレガシーなマーケティングスタイルで成功を収めていた。その反面、デジタルだとか、データドリブン型のマーケティングを社内に浸透させるために非常に苦労した」と、過去を振り返る。

柿丸氏は大学卒業と同時に通販大手のニッセンに就職した。おりしも時は西暦2000年。在学中、インターネットの無限の可能性に触れた柿丸氏としては、通販業界の在り方が大きく変わるであろう事を期待しての選択だったという。

入社後は商品バイヤーやリサーチ、営業などを担当。そして2006年からEC事業に携わるようになる。公式ソーシャルメディアアカウントの運用なども経験する中で、今度はビッグデータへの関心が高まっていった。そうして2013年により大きなデータ活用を志し楽天へ転職、2014年にはUSJへと移った。

パークを訪れる顧客のリアル行動データが全量把握できない……

柿丸氏がUSJでやりたかったことは、リアル行動データ、つまり人流などを正確にデータ化し、オンラインのビッグデータと融合させるマーケティング体制の確立であった。数千~数万人規模の顧客が連日足を運んでくれるテーマパークは、まさにうってつけの職場である。

ただ、それまで10年以上を過ごしてきた通販業界とはビジネスの根幹がまったく違っていた。通販業界なら、商品データ管理のために高度なリレーショナルデータベースを構築していることが前提。それこそ“すべての取引”を、手間さけかければデータ分析できる。

しかしテーマパーク業界はそうもいかない。パークを訪れる顧客全員の行動をまるまる把握することは容易ではなく、結果として一部の顧客を“サンプリング”して、調査・分析することが社内の本流だった。

テーマパーク業界はEC業界の今までの概念が通用しない「リアルビジネスの世界」

たとえば、入場チケット売り場を考えてみて欲しい。EC的な発想で言えば、チケットを買う客の個人情報はほぼ100%把握できる。対して窓口販売だと、少なくともデータの観点からは、個人を特定できないアノニマスな状態。ただ、それでもきっちりとしたサンプリング調査を行えば、窓口販売の動向は掴める。サンプリングよりも全量データ調査が優れているのではなく、それぞれにメリットがある。これに気付くのに大分時間がかかってしまった(柿丸氏)

また数字の考え方も異なるという。たとえば広告は、インターネット向けであればユーザー属性ごとに細かくターゲティングし、費用と効果の両立を図るのが主流だ。しかしテーマパークのように莫大な客を集めたいとなると、むしろテレビCMが効果を上げやすい

当然、案件ごとの投資規模は大きい。経営層としても「WebのUI改良でチケット購入サイトの直帰率が○○%が改善した」といった話より、億単位で収益を改善できるビッグプロジェクトに目が行きやすい。

経営者の立場で考えてみる

このような状況下で、データドリブンマーケティングを社内へ浸透させるには相当な苦労があったようだ。2013年にチケットのECサイトを完全リニューアルし、全チケット販売額に対するECサイト販売比が3年で約300%改善してもなお、経営層の関心は薄かった。

同様に、経営状況をいち早く分析するためのBIツールについても、導入理解が進まなかった。数字がわかるようになったからといって、具体的にどのようなアクションにつながり、何億円収支が改善するかは未知数だという事情もあるのだろう。

状況改善の第一歩は入場ゲートとマーケティングの連動

状況改善の第一歩となったのが、2014年の「スマートゲート」プロジェクトだった。それまでパーク入場口では、バーを回転させて押し通る方式の機械が設置されていたが、老朽化にともなって一新することとなった。

その際、当時のCEOからのトップダウンで「筐体を入れ替えるのはいいが、せっかくだからマーケティングとの連動も考えてほしい」との命令が下りてきた。データドリブン云々はさておき、「来場顧客の体験価値向上にどう繋げられるかがそもそも重要であること、データファーストから入らないこと」といった、思想をここで一旦リセットすることができたと柿丸氏は言う。

データ活用促進のきっかけは入場ゲート

結果的に、本来の目的である「データ活用プロジェクト」の社内立ち上げまで約2年を要した。

ある時は完全にケンカでした。「そんなに信用できないならクビをかける」と怒鳴ったこともあった。「いや、お前のクビはいいから、どう売上を作れるかを提案してくれ」と返されたり(笑)(柿丸氏)

経営者の考えを知るためのヒアリングが相互理解を促進

ただ柿丸氏自身も「経営者の考えを本当の意味で理解していないのではないか?」という懸念があった。そこで幹部陣を集め、丸二日徹底的にヒアリングを行った。「このおかげで、デジタルとはまったく関係ない部署の部長からも日頃接触していないマーケティング部門の部長からも『なんとなくわかってきた』とおっしゃって頂いた。結果的にこの集まりが啓蒙の役割を果たしてくれたのかもしれない」と、柿丸氏は振り返る。

データドリブンマーケティングの啓蒙活動はこの後も続いた。オペレーション部・飲食事業部・物販事業部などの決裁権者に対し、部署ごとにそれぞれのデータ活用のメリットがあると力説。少しずつ味方を増やしていった。

「決裁者が理解できない提案」って組織にとって本当に必要?

パーク内行動の可視化のためにセンシングセンサー、GPS、ビーコンなどを活用

データドリブンを志向する以上、少しでも多くのデータがあったほうがいいのは事実。ただし、USJにとってはデータの多い少ないより、来場者の“パーク内行動”に関するデータがないことが致命的な課題だった。

来場前の顧客については、チケット販売サイトの動向、検索行動などからそれを類推できる。パークへの来場後であれば、たとえば、顧客がパーク内で撮影した写真をSNSに投稿すれば、それがやはり顧客がまた来たい・友達に薦めたい心理を表してくれていて、分析すべき価値あるデータとなる。そこで、「顧客行動を来場前」から「再来場」まで一貫して理解するためには、パーク内行動のデータは必須になってくる。

来場前・来場後だけでなく、パーク内の顧客行動データも必要

多くの顧客・従業員が四六時中、縦横無尽に動き回るパーク内で、人の流れをどう分析するか。当然と言えば当然だが、選択したのはセンシング(センサー)だった。それ以外にも、パーク内行動データを取得するために、GPS、ビーコン、Wi-Fiなど、さまざまなソリューションを組み合わせて計測を実施している。

珍しいところでは、地磁気データも使っている。地球の磁場は建物などの影響で変化するため、場所の特定に役立てられるのだという。ただ、そのためには地面をくまなく特殊なアプリケーションで撮影して“フィンガープリント”を取得しておかねばならない。そのため、約1年をかけて深夜のパーク内の地面を徹底的に撮影したそうだ。

パーク内行動の把握のため、各種データ収集ソリューションを活用している

こういった地道な取り組みが結実し、公式アプリ内では、当日の顧客行動にあわせた1to1の「コンシェルジュ」機能を提供している。たとえば、おすすめアトラクション表示については、それまでに乗ったアトラクションが正確にわかっているため、重複しないような仕組みになっている。

また、一部のグッズについては「朝、パークの出入り口周辺にいる人にだけ、特定の商品カテゴリをレコメンドする」といった運用もなされている。たとえば、キャラクター付きの派手なカチューシャやパーカーなどがそれだ。これらは持ち帰るお土産というより、パーク内でこれから一日遊ぶ時の盛り上がりを助けるグッズだ。だからこそ「朝だけ」「出入り口にいる人だけ」にレコメンドするという訳だ。

パーク内行動に基づいたレコメンドは、公式アプリですでに実現している

最終的には、担当者の覚悟がモノをいう?!

USJも営業年数を重ねており、今後は新規顧客の獲得だけでなく、繰り返し来場するリピーター客の心も掴んでいかなければならない。そこでは年間パスを買ってもらう・更新してもらうための施策も必要だ。

たとえば、USJでは、女子高生が放課後、ストレス解消の目的で絶叫系アトラクションに乗りにくるといった利用シーンも調査から把握できている。こういった層は結果として年間パスの購入や翌年の更新に踏み切りやすい。データドリブンマーケティングが進めば、同様に再来場をしてくれる顧客の現象やクラスターを掘り起こせる可能性も高くなる。

カスタマージャーニーを理解することで、具体的なサービス開発の在り方も変わってくる

また、パーク内の行動情報をエンターテインメントと直接結びつけることもできる。ハロウィン限定イベントでは専用アプリを用意。GPSで場所を判別し、該当エリアのゾンビを倒すという遊びが楽しめるが、この際、自撮り写真を併用することで、自分の顔面がおどろおどろしく変化(ゾンビに感染)するといった趣向が盛り込まれている。

このゾンビのゲームは、位置情報を使っているとはいえ、マーケティング的なアナリティクスとは直接関係はない。ただ、パーク内行動を可視化するためのデータは考え方を変えれば、データそのものをサービスに直列させるデータ活用の考え方の転換もできる。「パーク内の体験価値を向上させることもできるし、データの持っているバリューの高さ」ということを社内で知ってもらうためにも必要(柿丸氏)

柿丸氏は「だいぶ精神論を話してしまった」と照れた。ただ、ある目的を達成するには、会社の経営層をも巻き込んでコトを進めるのだけの“覚悟”もまた必要だろうと、その気構えを説いた。「自分に投資してくれと経営層に言っても、すぐ通る訳もない。ただ、その覚悟は確実に伝わっている。何度折れても向かっていくだけのパッションを見せることがが実はもっとも重要だ」と言い柿丸氏は講演を締めくくった。

柿丸氏によるまとめ。相手(ここでは経営層)の立場で考える事が、1つのブレイクスルーであったようだ

(撮影:鹿野宏)

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