HCD-Net通信
「人間中心設計 (HCD)」を効果的に導入できるよう、公の立場で研究や人材育成などの社会活動を行っていくNPO「人間中心設計推進機構(HCD-Net)」から、HCDやHCD-Netに関連する話題をお送りしていきます。
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「観察・インタビューによるユーザー要求の抽出法」セミナー報告&5月イベント情報/HCD-Net通信 #12

行動観察、ユーザー調査、インタビュー調査の3つの視点からユーザー要求事項を抽出

今回は、2月に大阪で開催されたHCD-Netの教育セミナー講演会「観察、インタビューによりユーザー要求事項を抽出する方法」のレポートをお届けする。

人間中心設計に根差した製品開発を行う上で重要となるのが、いかにしてユーザーの要求事項を抽出するかという点である。その解決法として、ユーザー観察による調査やユーザーインタビューという手法がたびたび用いられる。

松波晴人さん(大阪ガス株式会社)と前川正実さん(株式会社操作デザイン設計)、矢島彩子さん(富士通株式会社)の3名による講演の内容をお伝えしていこう。

行動観察で生産性が3割アップ
松波晴人氏(大阪ガス株式会社)

松波さんは「行動観察の方法と実践例」というタイトルで、はじめに行動観察調査の流れを説明。まずは、調査全体の企画設計をするところから始まり、フィールド設定(対象者のリクルート)、観察調査の実施、観察結果から問題点の仮説出しと進んでいく。観察調査で実施したビデオ撮影結果の解析を行い、問題点の整理とレポーティング、ソリューション開発、ソリューション評価と経過していく過程となる。

行動観察を行う際には、下記の6つの視点が考えられるという。

  1. 人間工学:
    人間の特性を考慮したもの
  2. エスノグラフィー:
    個人の日常生活における文化の違い、たとえば家によってバスタオルの使い方や洗いかたが違ったり、企業によって怒られるミスの程度が異なったりする
  3. 環境心理学:
    物理環境による行動への影響、たとえば気温が高い時に暴力性が増す、ノイズのある部屋ではお願いしても手伝ってもらえないなど
  4. 社会心理学:
    人との交流の影響、たとえばあの人が作ったものであれば買おうという心境の変化
  5. しぐさ分析:
    しぐさと心理の関係
  6. 表情分析:
    表情と心理の関係、たとえば入国審査での表情の確認

また、行動観察の種類は大きく2種類に分けられ、その中でさらに細分化することができる。

  • 参加観察法
    • 交流的観察(コミュニティに参加する)
    • 非交流観察
  • 非参加観察法
    • 直接観察(マジックミラー越しの観察)
    • 間接観察(ビデオ撮影による分析)

そして、これらの行動観察を行うことにより、利用者のニーズ探索やユーザービリティ評価、製品の効用評価といった有効性が考えられるのである。その後、松波さんは行動観察によって効果が得られた2つの事例を紹介してくれた。

イベント開催の事例では、重要なポスターをじっくり見てもらうための観察調査を行い、その分析結果からイベント会場のレイアウトを変更することで、展示回数の向上という成果を得た。

また、ガス導管工事の安全性の向上の事例では、行動観察を行うことで新たに潜在的なリスク約100件を抽出することができた。工事現場のビデオ観察、行動解析ソフトウエア(observer)を活用した解析、チャート分析図の作成といった調査結果を踏まえ、すべての道具を収容できるボックスを開発して、生産性を27%向上させたという。

情報抽出によるデザイン設計の重要さ
前川正実氏(株式会社操作デザイン設計)

続く2人目の講演では、前川さんが「現場でユーザー要求事項を抽出してユーザーインタフェースデザインに反映する」というタイトルで、より実践的な話題を提供してくれた。

現場でユーザー要求事項を抽出して、その結果をユーザーインタフェースデザインに反映するというプロセス全体を理解している少ない。実は、ユーザーが工夫して製品を利用しているという現実がある。仮に使いにくくても、ユーザーは努力しているということだ。

また、利用品質の向上がユーザーの業務改善に直結していることも重要である。具体的には、利用品質と生産性に密接な関係があり、利用品質の良否が、製品価値へ大きく影響するのである。このアプローチを開発プロセスにすると以下のような手順になる。

  1. 調査(観察・インタビューなど)
  2. 分析・操作と機能検討
  3. プロトタイピング
  4. 仕様化・文書化(機能仕様、操作仕様、外観仕様など)
  5. デザイン・設計

最後に、医療用PET(陽電子断層撮影装置)を利用することによって、検査の概略フロー(予約、FDG投与、待機、検査、画像診断)を観察し、問題を発見して改善に結び付けた事例を説明した。さらに今後の課題として、調査(観察・インタビュー)をするのは当然であるが、いかにその情報を開発へ生かすかが鍵となると考えている。

実践的インタビューの体系化
矢島彩子氏(富士通株式会社)

最後に矢島さんは「実践的インタビュー方法」というタイトルで、Ethno-Cognitive Interviewという手法を紹介。これは、フィールドワーク技法を用いて、現実の人の意識や行動を「可視化」して、そこからビジネスに展開していこうというアプローチである。

フィールドワークの実施パターンとして以下の3つがある。

  1. 観察を中心としたフィールドワーク:
    エスノグラフィーをベースに生々しくありのまま表現する
  2. インタビューを中心としたフィールドワーク:
    働く人の業務に対する意識や考え方を中心に調査する
  3. 業務・意識・空間を統合したフィールドワーク:
    業務・意識・レイアウトの課題を総合的に知りたい時に活用する

矢島さんは主にこれらのフィールドワークを応用したインタビュー手法に携わっている。現場の業務は日々変化し、複雑なグループワークで成り立っている。複数の業務の並行処理や割り込みがあるので、これらを分析することはとても難しい。たとえば、いきなり業務を観察しても理解できなし、インタビューをどう聞けばいいかわからない。そこで、専門家でなくても現場を知るための体系的な手法を提案した。

インタビューを体系化して、組織や人間、時間、空間といった多視点から事実を聞き出すために、「聴く技術」「ワークシート」「ワーカーチェック項目」「進行表」を整備した。また、インタビューの種類や手法として、「構造化」「半構造化」「非構造化」「日常会話」「語り」などがあるが、今回開発したインタビューはその中で半構造化を基本としている。インタビューの流れは以下のようになる。

  1. 事前準備:
    目的の明確化、対象、事前説明
  2. フィールド調査:
    インタビュー戦略作成シート選定、進行表、実施、追加インタビュー
  3. データ分析:
    インタビュー音声の書き起こしと分析、気付きの抽出とカテゴリ化、課題のまとめ、課題への対策案
  4. 報告書完成

聞き手は、「エピソード・ベース」、「多面的な切り口」と「ワークシートの利用」の3つの戦略を立てる。「エピソード・ベース」とは、その背景となる話を聞くことである。たとえば、インタビューの結果で「使いにくい」という意見を得たら、そのエピソードを語ってもらう。「多面的な切り口」とは、日頃の無意識的な行動を短時間で記憶想起するために時間軸・人間関係軸・空間軸で検討してみることである。また、「ワークシートの利用」とは、質問ワークシートなどを活用して、シートを目前に共有・書きこみながら対話を進めることである。

インタビューで使用するツール類としては、「聴く技術(どうやって聞いたらよいか)」、「質問ワークシート」、「ワーカー行動チェック項目(聞きもれがないかチェックする。例えば、エピソードなどがとれているかなど)」と「インタビュー進行表」などがある。

インタビューは、オープニング(ラポールの形成)に始まり、組織・人間関係シート(worker relation, organization)、時系列・タスクシート(profile, descriptive)、空間シート(task list, layout)などを活用したインタビューを実施、そしてクロージングという手順となる。

最後に、エスノコグニティブインタビューと行動再現インタビュー、立会い目線により、紙から電子に変更する課題を抽出した病院の事例を紹介して講演を終えた。

◇◇◇

今回の講演を通じて、松波さんの行動観察、前川さんのデザインためのユーザー調査、矢島さんのインタビュー調査という3つの視点からユーザー要求事項を抽出するヒントが得られた。

また、3名に共通する内容として、観察やインタビューからいかにユーザーにとっての本質を見つけだすか、そしてその本質をいかにしてデザインに反映させるかが重要ということがあげられる。

最後にプロセスを整理してみるとこのようになる。

  1. ユーザー調査(行動観察、インタビュー等)
  2. ユーザー調査の分析(真のユーザー要求(本質)をみつけだす)
  3. 本質をデザインへ反映するための構造化、視覚化
  4. デザインの検討作業、発想、視覚化
  5. デザイン案のユーザー評価

「地域戦略」をテーマにしたHCD-Netシンポジウムを開催

人間中心設計に関連する多様な話題をみっちりと聞くことができる「HCD-Netシンポジウム 2009」を札幌で開催します。

開催概要
  • タイトル:「HCD-Netシンポジウム 2009」
  • テーマ:地域戦略と人間中心設計の新しい関係
  • 日時:2009年5月28日(木)12:00~20:00、5月29日(金)10:00~17:00
  • 会場:札幌市男女共同参画センター(JR札幌駅北口より徒歩5分、札幌市北区北8条西3丁目札幌エルプラザ内)
    http://www.danjyo.sl-plaza.jp/information/index.html

    ※5月29日のセミナーのみ、小樽商科大学札幌サテライトにて開催

  • 参加費用:
    • 2日間通しでの参加(懇親会費は含まない):(会員)5,000円、(一般)10,000円
    • 個別イベントを選んでの参加
      • 28日午後のチュートリアル・ワークショップ参加:(会員)2,000円、(一般)5,000円
      • 29日午前のセミナー参加:(会員)2,000円、(一般)5,000円
      • 28日午後のフォーラム参加:2,000円
    • 懇親会費:4,000円
  • 主催:特定非営利法人 人間中心設計推進機構(HCD-Net)
  • 協賛・後援:ヒューマンインタフェース学会、日本感性工学会、経済産業省、小樽商科大学(予定)
プログラム
  • 5月28日(木)[1日目]
    14:00~17:00:チュートリアル、ワークショップ
    • チュートリアル1「シナリオとUI設計」郷健太郎(山梨大学)、高橋賢一(株式会社ソフトディバイス)
    • チュートリアル2「組込みプロセスへのUI設計の統合」尾形慎哉、桶谷利幸、葛西秀昭(小樽商科大学)
    • チュートリアル3「成長するWebサイトリニューアルプロジェクト~HCD-Netサイトリニューアルの事例紹介~」長谷川敦士(株式会社コンセント)
    • ワークショップ「人間中心設計と感性」黒須正明(放送大学)、伊藤潤(HCD-Net 理事)、田附克巳(株式会社ユーザデザインラボ)、細谷多聞(札幌市立大学)、山崎和彦(千葉工業大学)
  • 5月29日(金)[2日目]
    10:00~13:00:セミナー
    • 「人間中心設計による行政サイトの改善~内閣府電子政府ユーザービリティ・ガイドラインの動向を踏まえて~」黒須正明(放送大学)、山崎和彦(千葉工業大学)、早川誠二(株式会社リコー)、篠原稔和氏(ソシオメディア株式会社)

      ※本セミナーのみ、小樽商科大学札幌サテライトにて開催

  • 14:00~17:00:フォーラム
    • 講演1「都市の品質とサービスの設計」原田昭(札幌市立大学 学長)
    • 講演2「円山動物公園における市民サービスの取り組み」金澤信治(札幌市共同募金会事務局長、前・札幌市円山動物園 園長)
    • 報告「HCD-Net活動報告」鱗原晴彦(HCD-Net 理事長)

「HCD-Netシンポジウム 2009」の詳細及び申込ページはこちら
http://www.hcdnet.org/event/seminar/hcd-net_2009.php

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