電通デジタルコラム特選記事

なぜ今、UXインテリジェンス協会を立ち上げたのか? 協会理事長と副理事長に聞く【電通デジタルコラム】

UXIA 理事長・遠藤直紀氏(ビービット 代表取締役)と副理事長・小林大介氏(電通デジタル 副社長執行役員)に協会設立の背景と目的を聞いた。
なぜ今、UXインテリジェンス協会を立ち上げたのか? 協会理事長と副理事長に聞く

※所属・役職は記事公開当時のものです。

2021年5月、電通デジタルと株式会社ビービットが共同発起人となり、一般社団法人UXインテリジェンス協会(UX Intelligence Association。以下、UXIA)」が設立され、活動を開始しました。

ここ数年、多くの企業でデジタルトランスフォーメーション(以下、DX)が重要な課題となっていますが、成功を収めている企業の数はまだ多くありません。その原因の一つに、DXの本質が十分に理解されていないことが挙げられます。

UXIAでは、DXの本質を「優れたユーザーエクスペリエンス(以下、UX)を実現すること」であるとし、その推進を担うべき担当者に必要な資質を「UXインテリジェンス」と定義。UXインテリジェンスの標準化と普及促進を進め、担い手となる人材の育成を目指しています。

今回の記事では、UXIA 理事長・遠藤直紀氏(株式会社ビービット 代表取締役)と副理事長・小林大介(電通デジタル 副社長執行役員)に、UXインテリジェンス協会設立の背景と目的を聞きました。

日本企業が抱えるDXの課題

――現在多くの企業で進んでいるDX推進に関して、どのような課題があると認識していますか?

小林DXというキーワードは、数年前から一般的に流通し始めましたが、一気にブレイクしたのは2019年からでして、そこから多くの企業で取り組みが加速しました。DXとは、単にツールやシステムを導入して経営やマーケティングの効率化を図ることではありません。UXをアップデートしつつ、新しいサービスやビジネスを生み出していくこと、これがDXの本質です。

ただ、本質を理解はしても、それをどう実現すればいいのか、Howの部分で悩まれている企業がとても多い印象を受けます。特に大企業においては、その企業規模の大きさゆえに変革も難しく、とても苦労されています。

遠藤DXに関して、日本の大企業を取り巻く状況はかなり厳しいという認識を持っています。しかし、それを自社の問題として理解している企業はいまだに少ない。そういった情報や知識のなさは致命的になりかねません。

グローバルに見れば、デジタルネイティブな企業が、世界のトップに君臨しています。GAFAをはじめとして、中国のアリババ、テンセントといった巨大テック企業群が日本の既存産業に対して激しい競争を仕掛けています。Googleは日本の決済ベンチャーであるpring(プリン)を買収して日本の金融市場に参入しつつありますし[1]、Amazonも銀行を作ろうという動きがあります[2]

デジタル産業でない企業には関係ないという話ではありません。デジタルディスラプター(破壊的企業)は、あらゆる垣根を越えて、既存産業を脅かそうとしています。企業は、この状況に正面から向き合い、新しい戦いに挑まなくてはいけません。

UX領域において、新たなメソッドや開発手法の創造に貢献したい

――UXIAはそうした課題を抱える企業に対して、どのような価値を提供する団体になることを目指していますか?

遠藤先ほど小林さんがおっしゃっていたように、DXに関するHow、有効なノウハウは、まだあまり蓄積されていません。そもそも、日本企業には、成功法則を方法論に落とし込んでメソッド化し、他社も含めた業界全体で共有するという文化/習慣があまりない。これは本当に大きな問題だと思っています。

たとえば、アジャイル開発でおなじみの「スクラム」という開発手法は、野中郁次郎教授の論文が発端となった日本発の思想ですが、実際にソフトウェア開発に適合させて、メソッド化したのはアメリカの技術者です。複雑な事象を抽象化/方法論化して、異なるコンテキストの人間でも同じように技能を使えるようにするのは、すごいことだと思います。

UXIAはUXの領域において、そうした新たなメソッドや開発手法の創造に貢献したいと考えています。

小林競争のフィールドがモノからコト・体験へとシフトしていると言われる中で、モノ作りに関しては、日本でもかんばん方式やカイゼンなど、すばらしいメソッドが作られてきましたが、コトや体験に関しては、まだこれといったメソッドがないのが現状です。UXIAでは、そこを作っていきたいし、作っていかなければいけないと思いますね。

UXに関しては、各社が差別化という視点でしのぎを削っていますが、ユーザー視点で使いやすさを考えたときに、ある程度の共通規格的なものが求められているとも感じます。最終的には、モノ作りにおけるJIS規格ほど厳密なものではないにせよ、UXに関して準拠すべき標準ガイドラインのようなものが作れれば理想ですね。

UXの向上は経営課題

遠藤もうひとつ、UXIAは企業経営層の方々がUXに関する理解を促進する際の助けになりたいと考えています。というのも、経営層の方にUXの話をすると、多くの方が「それって顧客との接点を担当する現場ががんばればいいことでは?」と言うんです。でも、本当にがんばるべきは経営です。実際、UXにおいて、伸びしろはもうそこしかない。UXIAでは、その点に関する理解を広めていかないといけません。

顧客ロイヤルティを測る指標として、ネットプロモータースコア(以下、NPS)を重視する企業は多いですが、テスラ、Peloton(ペロトン)、Appleなど、アメリカでNPSが高いブランドの共通点は、いずれも製販統合していることです。

この事実が示しているのは、ユーザーを強烈に満足させるUXを作るには、製造と販売を統合しないまでも、一体の体験(トータルエクスペリエンス)と見なして取り組む必要があるということ。すなわちUXの向上は経営課題であるということです。UXIAでは、そういう議論をもっと喚起していきたい。やはり経営層にコミットしていただかないと、本当の意味でUXに変化を起こすことはできないのです。

小林そこはとても大事ですね。たとえばマーケティングの世界では「4P」という伝統的なフレームワークがあって、「4Pはもう古い」として様々なバリエーションが生まれながら、「マーケティングというのは、広告などのプロモーションやコミュニケーションを指すのではなく、商品やサービスの企画、価格設定、チャネル戦略、それらの総体を指すものである」ということを経営層が理解するための土台として今も機能しています。

UXについても、経営層による本質的な捉え方を浸透させられるような、わかりやすいフレームワークを打ち出していくことが必要ではと感じます。

遠藤UXって、基本的には、企業と顧客に加えて、従業員も含む全インタラクションを束ねた概念なので、いわゆるマーケティングの範囲よりもさらに広い。しかも接点は、メディアとイベントだけではなく、プロダクトやユーザーサポートも含みます。

そのトータルエクスペリエンスを1本の線で考えることがUX設計の基本であって、そのためには、データを統合してつねに改善していくことが必要です。その広さを理解していない経営者が多いと感じています。

UXというのは、単に使いやすければいいというわけではない。企業にかかわるユーザーとの関係性全体を最適な形に設計することであって、経営の中核に関する話なんですよ、ということを理解していただきたいなと思いますね。

お客様の信頼を獲得できる「善いUX」の構築を目指す

――UXIAが提唱する「UXインテリジェンス」とは、「デジタル前提時代により善い社会を作るために、あらゆる提供者[注1]が持つべき必要な能力と精神」と定義づけられています。この定義にたどり着いた経緯をお聞かせください。

小林「UXインテリジェンス」のコア概念を作ったのは、ビービットの藤井保文さんと中島克彦さんです。UXIAの立ち上げに関する打ち合わせで、中島さんが(「良い」ではなく)「善いUX」という言葉を何度も使っていたのが印象的でした。UXインテリジェンスに倫理的な価値観を含めたいというポリシーを強く感じました。

遠藤それは、ビービットがこれまで一貫して掲げてきた「カスタマーファースト」という基本的な指針に基づいています。

われわれもクライアント企業からお金をいただいて仕事をする以上、当然クライアントファーストでありたい。ただ、短期的な成果を安易に追求してしまっては、最終的に企業ブランドを壊し、その企業のお客様(カスタマー)との関係性を破壊してしまう可能性がある。

UXでちょっとしたテクニックを使えば、企業に都合よくお客様を誘導して、売り上げを上げることは簡単にできてしまいます。でも、それはお客様への背信行為だと思うんです。

クライアントのお客様から信頼してもらうために何をするのが最善なのか。それを考えて行動することが「カスタマーファースト」であり、クライアントに対してもっとも誠実な貢献だと考えています。

クライアントにとっては、お客様はもちろん大事だけれど、売り上げも必要であることは十分理解しています。だからこそ、UXIAでは、一律に「(倫理的に)悪いUX」を弾劾するのではなく、「善いUX」の価値を伝えつつ、現在のUXから徐々に「善いUX」に移行していくプランを提示できたらいいとも思っているんですね。

小林「善いUX」と言えば、少し前にNetflixが、「休眠顧客にサブスクリプション継続の意思を尋ねて、連絡がなければ自動的にサブスクリプションをキャンセルする」と発表して、話題になりましたね[3]

遠藤Appleもサブスクリプション型の課金については、必ず毎月メールで確認してきますよね。あれだけの規模の企業なのに、すごいことだと思います。

以前、Amazonのチーフサイエンティストだったアンドレアス・ウィーガント(Andreas Weigend)さんと話したときに聞いたんですが、彼が携わった施策のうち、個人的に一番善かったと思っているのは、購入したことがある商品のページに行くと、「前回は20xx年x月x日に購入」と表示される仕様を導入したことだそうです。

購入履歴を全部検索して表示するのでかなり面倒ですし、売り上げは減ります。「でも、ユーザーのデータを活用する善いUXって、こういうことだよね」って言うんです。

もうひとつ、Amazonは、「データを活用して販促をするときは、理由を絶対に提示する」というルールを決めているとも言っていました。

こんな風に、きちんと哲学を持ってデータを運用するという姿勢が、善いUX、ひいてはユーザーからの信頼につながっているのではないでしょうか。

企業や業界の枠組みを超えて、課題感やソリューションを共有できる環境を提供したい

――UXIAでは現在法人会員を募集しています。UXIAに入会した企業は、具体的にはどのようなメリットが期待できますか?

小林UXの設計・構築や組織作り、人材育成に活かせる知見/知恵を持ち帰っていただけることが最大のポイントです。もうひとつ、同じ志を持つ仲間を見つけていただけるのも、大きな価値になるはずです。

遠藤競合企業の担当者同士ですから、腹を割って話すまでは難しいかもしれません。それでも、同じ悩みを抱える方たちが、企業や業界の枠組みを超えて課題感やソリューションを共有できる環境は、やはり必要だと思います。UXIAがそういったコミュニティの場としても機能できるようにしたいです。

まだUX=デジタルというイメージが強いせいか、アプリを作るなど、デジタルで何か新しいことをやれば、ユーザーと簡単につながれるし、UXが簡単に向上すると思っている経営者は多くいます。

しかし、つながれる仕組みを用意したからといって、ユーザーが自発的につながってくれるわけではありません。ユーザーに選んでもらい、つながってもらうために企業として何をすればいいのか?これに対してすぐに答えが出てこない経営層の方々は、ぜひUXIAに参加して、知識を得てほしいです。

小林あと、これは夢というか将来的な話ではあるんですが、UXの哲学やノウハウを持った企業同士が、UXIAで共通のパーパスをシェアすることで一緒に新しいUXを作っていく。そういったパートナーシップが生まれたりすると、本当にすばらしいと思いますね。

遠藤そうですね。そうなってくれると最高ですね。

脚注

注釈

1. ^ ここで言う提供者とは、サービス提供、ビジネス、行政などあらゆるシステムを提供する人々を指す。ほぼ「社会人」と同義。

出典

1. ^ "Googleの決済サービスを振り返りながら、pring買収による"金融本格参入"のインパクトを分析する". ITmedia NEWS.(2021年7月30日)2021年9月30日閲覧。
2. ^ "「アマゾン銀行」誕生に追い風、FDIC新規則承認-金融機関は警戒". Bloomberg.(2020年12月16日)2021年9月30日閲覧。
3. ^ "Netflixがアクティブではないゾンビ顧客に対してサブスクの自動キャンセルを開始". TechCrunch Japan.(2020年5月22日)2021年9月30日閲覧。

「電通デジタル トピックス」掲載のオリジナル版はこちらなぜ今、UXインテリジェンス協会を立ち上げたのか? 協会理事長と副理事長に聞く

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