ゲストスピーカー

岩崎  敏和氏

ファイザー株式会社
エッセンシャルヘルス事業部門 ファーマシーマーケティングチーム部長

スピーカー

村上  雄一

株式会社アイ•エム•ジェイ
アカウント第3統括本部 PCG(Pharma Consulting Group) シニアコンサルタント

薬剤師さんに向けたコミュニケーションを考える。その背景にあるものは?

製薬企業が医師中心にコミュニケーションを行ってきた背景

現在、日本国内の医薬品市場は、医師が処方する医療用医薬品が9割以上を占めています。その内訳としては、開発した企業の特許期間中の新薬、特許が切れた新薬である長期収載品、新薬と同じ有効成分のジェネリック(後発品)の3種に分類されます。残りの1割弱はその他、医薬品です。

医療用医薬品は、医師の処方箋に基づいて薬剤師さんが患者さんに処方するので、私たち製薬企業は長らく、医師を重点的にコミュニケーションを行なってきました。

・製薬協 「2015年 医薬品市場規模」
http://www.jpma.or.jp/about/issue/gratis/databook/2018/table.php?page=p6

・中医協 「薬価制度の抜本改革について H29.5.31資料」
https://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-12404000-Hokenkyoku-Iryouka/0000166323.pdf

・日本ジェネリック製薬協会「ジェネリック医薬品シェア分析結果(速報値;平成 30 年度第 1 四半期)について」
https://www.jga.gr.jp/library/pdf/media/share20190928.pdf

※上記データからのIMJ推計

長期収載品とジェネリックの銘柄を選ぶ意思決定者は薬剤師さん。その数なんと…

医療用医薬品の中でも、長期収載品は特許が切れているため、他の製薬会社でも同じ成分をもつ薬、つまりジェネリックを製造・販売することができます。また、それらの銘柄は薬局の薬剤師さんが選択することができるんです。だから薬剤師さんに向けても情報提供が必要になるわけですね。

ファイザーは幅広い領域の医療用医薬品を扱っていますが、我々ファーマシーマーケティングチームは、薬局の薬剤師さんに対して長期収載品とジェネリックの情報提供や適正使用の促進を働きかけることがミッションです。
薬局は全国に何店舗あると思いますか? 約58,000店でコンビニと同じぐらいの数といわれています。そこに勤務する薬剤師さん、およそ17万人が私たちの顧客となります。

好感触だったアプローチから一転。3年経ったら期待値と提供価値が逆転

2011年、ファイザーは薬剤師さん向けの情報提供を本格的に始めました。当時、製薬企業が薬局へ定期訪問することは少なかったため、大変喜ばれ、それが結果にもつながっていました。

私はその後一度ファーマシーマーケティングチームを離れ、3年後に同じチームに戻ってきたのですが、離れる前と後では、状況が一変していました。以前は好調だった薬局でファイザーが苦戦していたのです。何が起きたんだ!?と心底驚きました。調べてみると、他社も薬局向け情報提供に力を入れてきたために、当社の活動が特別なものではなくなってしまったという結果でした。期待値が低かった分、いい意味でギャップがあった数年前とは逆に、薬剤師さんたちの期待値が上がったため、3年前と同じことをやっていても価値を感じてくれなくなり、期待に応えきれない部分が出てきていました。

独自性あるサービス作り、そしてブランディング。最初の衝撃は社内にあった

まずはビジョンを決めて共有する。「何のためにこの仕事をするのか」

薬剤師さんは17万人いるが、我々のチームには3人しかいない。MR(営業)の数も限られている。さて、どうしよう…と。今までのやり方の延長では現状を打開できないため、全面的に考え方を変え新しい戦略を作ることにしました。そしてその前に、この新しいチームが何をするのか自分たちの「ビジョン」を決めることにしたのです。

薬剤師さんに対してアプローチを考える前に、「何のためにこの仕事をするのか」というビジョンをチームで共有しておくことは、組織で仕事を進めるにあたってとても大切なことです。特にこのビジョンを考えることがチームリーダーの大事な仕事だと思っています。
我々のチームは「薬剤師さんに寄り添う」というビジョンを決めて走り出しました。

コアセグメントに独自のプログラムで情報提供を。「ファイザーエッセンシャルアカデミー」の誕生

戦略を根本的に見直すにあたり、3つの柱を立てて、3種類のアプローチ戦略を導き出しました。

 

Strategy Pillar

  • 何が顧客にとって最大の価値なのか?
  • 誰に訴求するのか。17万人のうち誰に伝えるか?
  • どのように伝えるか?

Approach

1. 価値基準の見直し
2. セグメンテーションの見直し
3. 新しいチャネルを作る

 

「2.セグメンテーションの見直し」では、全国17万人の薬剤師さんをセグメンテーションし、それぞれにゴールとアプローチを策定。コアとなるセグメントへの情報提供に注力し、独自のプログラムでFace to Faceの講演会を打っていくことを決め、動き出しました。こうして誕生したのが「ファイザーエッセンシャルアカデミー」です。

 

はじめに考えたのは、このエッセンシャルアカデミーの「目的」と「ゴール」でした。

 

【目的】
ダイレクトチャネルを作ること。そこからファイザー製品を理解し、選択してもらうチャンスを広げよう。

【ゴール】
講演会を通じて薬剤師さんたちに治療の手応えを感じてもらうこと。そこからファイザーへの愛着を創出しよう。

 

そのためには、単なる講演だけでなく、シンポジウム、特別セミナー、展示会、コミュニティまでを包括した企画とし、さまざまなアプローチで年間を通じて開催していこう、他社のものと差別化できるようブランディングをしよう!と思い描いていきました。

チーム内に漂う不安と社内のブランディングへの不理解

しかし、そう言いながらも我々自身、実は「本当に講演会をすることでファイザーに愛着を持ってもらえるのか? このままふわっとした状態で進めて大丈夫か?」という不安を感じていました。そこで外部パートナーと一緒に「ファイザーエッセンシャルアカデミー」プロジェクトを進めていくことにしたのです。

一方で、我々のような企業の社内には、ブランディングそのものに対してネガティブな人が多くいます。ましてや外部パートナーを迎えて取り組むとなると、「またコンサルや代理店に多額の支払いをするのか? 本当にやる必要があるのか?」と。
決定権のある役職が高い人ほどブランディングに対して懐疑的です。なぜなら効果が見えづらいから。今回も内部から疑問が出ていました。
それでもブランディングが必要なんだ、と舵を切っていくのはなかなか大変な面もありましたが、せっかくの独自プログラムを企画するので、そこは意志をもって進めていきました。

「ロゴ」を作ることは単に画像を作ることではない

ロゴを作るにもしっかりとしたサービスコンセプトが必要なことは理解していました。私たちが薬剤師さんに対して何ができるのか? 何をするのか? 他社との差別化要素は? といったことは十分社内で検討していたつもりでしたが、IMJからの指摘で気づいたのは、そこには薬剤師さんがどう受け取るかという視点が抜けていたことです。薬剤師さんたちはどんな薬剤師になりたいと思っているのか? 私たちに何を求めているのか? 私たちが提供できる価値と薬剤師さんが求めているものが合致するところは何か? プロジェクトの中でディスカッションを通じ、深く探っていきました。

振り返ってみると、このプロセスがロゴを作り上げるうえで欠かせないものでした。価値の言語化と構造化によってブランド・アイデンティティを固めること。それによって、「ファイザーが提供するバリュー」だけではなく、「薬剤師さんが感じるバリュー」が何なのかが見え、サービスの骨格や実行に向けてやるべきことまでがクリアになっていったんです。

限られた時間ではありましたが、コンセプトを決め、ビジョンである「薬剤師さんに寄り添う」思いも加味し、化学式にも使う六角形をモチーフにしたロゴが完成しました。

=参加者から岩崎さんへ質問=

Q.
ファイザーさんというと青のイメージですが、この色の提案をどう思いましたか?

A.
我々には「ファイザーブルー」と呼んでいるシンボリックな青色があります。その色調と似ていなくていいのか?という問答はありました。でも、これで押し通しました。なぜなら、これは会社のブランディングではなく、薬剤師さんへの取り組みのブランディングだからです。今回の目的に対してはこれがベストと確信していたので、「そこは切り離しましょう!」で押し通しました。

投票結果から見えたブランディングへの意識の低さ

コンセプトも揃えて社内のステークホルダーにプレゼンした結果、私たちが用意したこのロゴを軸にしたブランディングコミュニケーションのプランが採用されることになりました。しかし驚いたことに実は承認の背景には、ブランディングプランへの評価以上にロゴの印象で決めてしまったという人も多かったのです。

このことが何を意味するのか。

ブランディングのスタートは社内に向けての段階から始まっていて、そしてその背景にあるものや狙いを理解してもらい、共通認識をもつことは、社内であっても想像以上に難しいということです。かくいう私も最初にロゴの相談をした際には重要性を認識していなかったわけで、この経験を通じて大いに勉強させてもらいました。
その後、社内の研修プログラムの中でIMJに登壇を依頼し、ブランディングの大切さなどを伝えてもらい、社内の意識改革にも取り組んでいます。

新しいロゴは今、どんどん使って露出を増やしています。エッセンシャルアカデミーの会場でも胸章に使ったり、インスタ映えコーナーを設けたり。業界新聞の記事にもロゴを積極的に掲載し、パンフレットなどにもしつこいほど使っていきました。薬剤師さんたちの間でも「これファイザーなんだね」という認知が広がりつつあるところです。

 

 

>>第2部「戦略を絵に描いた餅にしない。ジャーニーを活かしたコミュニケーションシナリオ作りとは?」はこちら!

第2部では、新しいロゴを携えて走り出した「ファイザーエッセンシャルアカデミー」プロジェクトを、絵に描いた餅にしないための「実行」のコミュニケーションシナリオを紹介します! どんなディスカッションやフレームワークが役に立ったのか、プロジェクトを動かす具体策が明かされます。
ぜひ第2部もお見逃しなく!